[book] 『ルパン、最後の恋』読み中

貼るのを忘れていたので、観劇録とは別に貼っておきます。星組の『ロミオとジュリエット』開演前の幕。

6月は、星組『ロミオとジュリエット』観劇は2回+『フォーエバー・ガーシュイン』+『戦国BASARA』でした。7月は月組『ルパン -ARSÈNE LUPIN-』です。ただいま原作『ルパン、最後の恋』(モーリス・ルブラン・ハヤカワ・ミステリ刊/ハヤカワ文庫近刊)を読み中。読み終えたら、感想を書くつもりです。

脚本/演出の正塚晴彦先生は、この原作をどう料理するつもりかなぁ・・・・・。

宝塚歌劇『ロミオとジュリエット』幕
宝塚歌劇『ロミオとジュリエット』幕

[book]企画展「日本SF作家クラブと手塚治虫」

知り合いから回ってきたので、お知らせです。宝塚市立手塚治虫記念館での日本SF作家クラブ50周年記念イベントです。トークは大御所揃いでびっくりした。

kikaku58

手塚治虫記念館

第58回企画展
「日本SF作家クラブと手塚治虫」

<会 場> 手塚治虫記念館2階 【→地図
<会 期> 2013年3月1日(金)~2013年6月24日(月)
<休館日> 毎週水曜日(ただし、3月20・27日、4月3日、5月1日は開館)

日本SF作家クラブ創立50周年記念サイト

(内容)抜粋
手塚治虫がマンガ家としては最初の会員となった「日本SF作家クラブ」 が2013年3月に創立50周年を迎えます。 

関連ミュージアムトーク

1.開催日・出演・テーマ

  • ① 3月23日(土)梶尾真治(作家)「手塚治虫のSFマンガ」
  • ② 4月21日(日)辻真先(アニメ脚本家)「『ふしぎな少年』から『ジャングル大帝』まで~手塚治虫の発想法」
  • ③ 5月18日(土)豊田有恒(翻訳家・作家)「手塚治虫とSF作家たち」
  • ④ 6月15日(土)橋爪紳也(大阪府立大学21世紀科学研究機構教授、大阪府立大学観光産業戦略研究所長)「手塚治虫とEXPO’70」

司会は①③④田中啓文(作家)、②芦辺拓(作家)。

2.時間:14時開演
3.会場 :手塚治虫記念館映像ホール
4.費用:無料(ただし、入館料700円が必要)
5.定員:各回先着50人
6.申し込み:①=2月28日(木)から,②③=4月1日(月)から,④=5月1日(水)から
 いずれも電話(TEL 0797-81-2970)で手塚治虫記念館へ(空席があれば当日参加も可)

[book] ふがいない僕は空を見た

同名映画の原作を読了した。【→映画の感想

鑑賞後、すぐに読み始めたので、つい映画と比較してしまうが、小説は映画よりエピソードが多く、心理描写や行動描写が詳細である。連作長編の形式が効果的で、わかりやすい。映画のように説明をギリギリまで削り、観客の想像に任せるという見せ方は、鑑賞後に感想を語りまくりたい衝動に駆られる。一方、原作のほうの著者が伝えたいテーマがはっきり伝わってくるすっきりした書きぶりも好みだ。どちらも、パワーがある。本作は映画と小説がそれぞれの長所を活かして、絶妙の効果を上げていると思う。

ただ映画では、場面転換でモノローグが挟まるのだが、モノローグの内容が抽象的で、誰が言っているのか、また何が言いたいのかさっぱり判らない。原作では、前後の関係が書かれているので、内容が判明した。すっきり。

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[movie] ふがいない僕は空を見た

シネ・リーブル神戸のレイトショーで観てきた。原作の『ふがいない僕は空を見た』(窪美澄 新潮社)は、R-18文学賞大賞および2011年山本周五郎賞の各賞を受賞し、2011年本屋大賞2位および本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第1位となっている。原作も鑑賞後に読み終えたのだが、今回は映画の感想のみに留めておく。

起承転結がきれいについているドラマではなく、日常の出来事を切り取って2時間半の枠に収めた、というシロモノで、セリフや説明がぎりぎりまで省略され、観客側に解釈を委ねる形になっている。そのため、結末がどこに着地するか想像がつかず、2時間半の間、集中し続けて、タカラヅカ公演を3回見るより、エネルギーを消耗した。あと内容について予備知識を持たずに観に行ったので、時系列が判らなくなったり、人物を間違えて途中混乱したりしたのもあるかな。

中身にあまり言及するとネタばれになるので、印象に残ったことだけを書き留めておく。 “[movie] ふがいない僕は空を見た” の続きを読む

[book] 小川洋子『博士の愛した数式』

本屋大賞第1回受賞作品。文庫落ちしたので、読んでみました。

  過去の交通事故が原因で、記憶が80分しかもたない数学者である「博士」と博士の身の回りの世話のために家政婦紹介組合から派遣された「私」、そして「私」の息子である「ルート(√)」が織りなす細やかな交流の物語。2006年お正月映画(公式サイト

 ストーリーも登場人物も複雑ではない。途中で私はこんなんで最後まで物語がもつのかと思ったくらいだ。しかし、読んでいてとても心地よい。なぜだろうか、と考えてみると、下世話なところや嫌みなところが少しもないのだ。現実離れと思われないぎりぎりラインで、浮世離れした心地よい空間を作りだしている巧みさ。また、博士が数学者であるという設定を十二分に活かし、数式の説明を織り込むことで、不可思議で荘厳な雰囲気を醸し出すことに成功している。非常に巧みだと思う。
 また、この小説には、「過去」への拘泥がない。過去について触れられているのは博士の事故のことと「私」がシングルマザーになった理由だけで、最小限にとどめられている。
 「私」は、シングルマザーでルートを生み育てている。普通の人なら、何らかの突っ込みや探りを入れずにはいられないところだ。ところが、博士は、「私」の「過去」のことなど何の詮索もしない。博士は、子どもだというだけで、ルートに無条件の愛情を降り注いでくれる。
 それゆえに、「私」と「ルート」が博士に抱く感情は、感謝の念であり、愛情であり、友情である。

 家政婦協会への依頼主である母屋の未亡人(博士の義理の姉)の怒りを買った「私」は、いったん博士の家政婦を解雇される。ほかの派遣先に出向いた「私」にとって、博士はもはや単なるお仕事の相手ではなく、友人として見過ごせない存在となっていた。博士が80分たてば、自分のことを忘れてしまうことなど関係ない。「私」にとって、重要なのは、自分の大事な友人が困っていないかということだけだ。大事なのは、過去ではない。自分たちが生きている現在と未来なのだ。
 博士には過去の記憶しかなく、思わせぶりな過去の写真さえ出しておきながら、過去が描かれないので、登場人物達が現在と未来に向いて生きることが、くっきりと浮き上がる。

 人の存在の意味、愛情と友情、生きている喜び。読後に暖かな想いがわき上がってくる。