[Zuka] 星組『ベルリン、わが愛』(2)

[Zuka] 星組『ベルリン、わが愛』(1)

くどくど書くのも自分で鬱陶しいんですが、史実の時系列というのは観る側にはあまり必要ではない情報です。舞台上の時系列と舞台上の世界観や思考の流れが一致していれば、舞台作品の理解は可能だと思う。

ただナチス・ドイツがホロコーストを行ったことは、よく知られている事実で、そこに至るまでにユダヤ人排斥の長い歴史がある。それが本作の土台となっているか、共通認識なのか、その土台が改変歴史物だと崩れることがある。


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[Zuka] 星組『ベルリン、わが愛』(1)

原田 諒作・演出の星組公演『ベルリン、わが愛』(公式)。1920年代~30年代のベルリンを舞台に、ドイツ映画、ナチス、プロパガンダという三題噺のような作品で、作り手も舞台に生きている人達も、映画を愛しているし、人を愛する事が好きなのだという事が伝わる舞台でした。ただ、本作は演出も脚本も首をかしげる箇所がそこかしこにあった。

注:今回はお堅いです。

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[Zuka] 星組『Bouquet de TAKARAZUKA』

2017年12月24日に大千秋楽を迎えた星組公演。※今日は2018年1月6日(土)です。ぼちぼち書き足していこうかな。

星組の皆様、スタッフの皆様、おめでとうございました。お疲れ様でした。

壱城あずさ様、夏樹れい様、愛水せれな様、ご卒業おめでとうございました。幸せと楽しさをありがとう。また、どこかでお目にかかれますように。第2の人生が実り多きものになる事をお祈りしています。

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[diary] 2018年お年賀

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

今年の抱負は笑門来福です。元日に年賀状を書いて投函する得意技。

[Zuka] 月組バウ公演『Arkadia -アルカディア-』

ありちゃん(暁千星)の初バウ単独主演作品。千秋楽(12/12)おめでとうございます。観劇したのは前楽でした。

作・演出の樫畑 亜依子氏は琴ちゃん(礼真琴)主演の『鈴蘭』に次ぐバウホール公演2作目。若手の座付き作家が月組の若手のために書き下ろした作品で、主要キャストはばっちり当て書きになっていました。

ありちゃんは、たまきさんの月組で大らかに育っているなと月組観劇のたびに思うわけですが、博多座公演『長崎しぐれ坂』では轟理事の伊佐次と共に、らしゃ(暁 千星)として登場し、そのスターオーラが確実に大きくなっているのが見て取れました。美園さくらちゃんも大きいソロ(精霊流し)があったし、たまきさんとちゃぴのお芝居はすきだし、博多座公演は楽しかった。

さてと、『アルカディア』。

メモ的に。

  • 設定に無理があって、それがストーリーをややこしくしているけれど、最もややこしい部分を、光月るう・白雪さち花・夏月 都という芝居巧者達に負わせていて、その配置が効き、彼らが判りづらい部分をものにしてドラマを創り上げていた。
  • 伏線というかギミック的な符牒(椿姫や”仔猫”、愛人契的なもの)は入れなかったほうが良かった気がする。物語の方向性を混乱させた。
  • 案内兼整理役として第三者視点の探偵を配置したのは良かった。大人グループ(光月るう・白雪さち花・夏月 都)、アルカディアグループを繋ぐ役目を果たしていた。
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[Zuka] 星組『OSO』楽曲が配信されました

8月7日(月)に千秋楽を迎えた星組 梅田芸術劇場「オーム・シャンティ・オーム -恋する輪廻-」。アンコールのフィナーレがマサラナイトもあって楽しくて、2017年の夏を満喫しました。

楽曲が配信されました。(iTunes

星組 梅田芸術劇場「オーム・シャンティ・オーム -恋する輪廻-」
宝塚歌劇団・紅ゆずる、綺咲愛里、七海ひろき
J-Pop Nov 28, 2017
\2,000

紅さんの『不思議な気持ち』の歌声が優しくて、とても聞いていて心地よかったのを思い出します。オーム(紅さん)とシャンティ(あーちゃん)のデュエット『もし例えるなら』、二人にムケーシュ(七海)が入った『空虚な場所で』も音だけで聞くとドラマティック!

そしてムケーシュ役のかいちゃんの『バラ色の人生』は声に艶が増している。スカピンから続いて難曲でしたが、一曲丸々歌わせて貰えるとぐっと上手くなるね。ただね(「ミュージカル」である以上、ある程度の上手さは必要だと思いますが)、かいちゃんの芝居歌が好きなんですよ、わたし。解釈が深いからこそ出てくる味わいです。

  • 覚書メモが出てきたので、一緒においておきます。

169分の映画版を短縮するのは難しかったと思われ、2幕はダイジェストで、ラストシーンだけはさすがに小柳作品の長所が活かされていました。

映画版においてシャンティの亡霊は、オームのほうを振り向いて、彼への恋心を告白して笑顔で涙をこぼして去る。オームはそんな彼女に手を振って、サンディに向きなおる。

宝塚版のシャンティは後ろ姿のまま振り向かない。彼女はムケーシュを連れて来てくれたオームに礼を言い、ムケーシュを一緒に連れて行く。

オームは、「あなたならあの星が掴めるわ」とシャンティと同じ事を言ってくれた田舎娘サンディに惹かれ始めていて、成就した復讐で過去に区切りをつけ、サンディと映画を作ろうと前をむく。

小柳先生の作品は、そういうところが美しい。
幕末太陽傳もそうだったけれど、ちゃんと収めるところに収まる。

ちなみに、ノベライズ版は、「いつかまた魂がこの身体を離れたら、『僕』はまた『彼女』を探しにいかなければならない」で終わっていて、魔の永久探索かよ!と思いました。