ミュージカル浪漫
『はいからさんが通る』
原作/大和 和紀「はいからさんが通る」(講談社KCDXデザート)
(c)大和 和紀/講談社
脚本・演出/小柳 奈穂子
柚香光の伊集院忍と華優希の花村紅緒
花組『はいからさんが通る』東京宝塚劇場公演は11月15日に千秋楽を迎えた。
『はいからさんが通る』(大和和紀)はすでにアニメや実写化もされているが、柚香光と華優希を中心とした花組が宝塚歌劇独自の『はいからさんが通る』の世界を創り上げ、柚香光の伊集院忍と華優希の花村紅緒はそれぞれの当たり役となった。めでたしめでたし、ハッピーエンド!と思っていたのが、どっこい、それで終わらなかった。
11月17日に、花組トップ娘役・華優希ちゃんが、来年2021年7月4日の花組東京宝塚劇場公演千秋楽を持って退団することが発表された。
ニュースを聞いたとき、華ちゃんは、ほんと紅緒さんみたいな娘役さんだね、としみじみ思った。
大和和紀原作の『はいからさんが通る』は大正時代、女学院に通う17歳の花村紅緒と日本陸軍少尉である伊集院忍との波乱万丈なラブストーリーを描くベストセラー漫画である。
柚香光は、この『はいからさんが通る』(2017年、2020年)と『花より男子』(2019年)によって、選んだ女の子を命をかけて守り愛する夢の王子様というイメージを確立した。伊集院忍と道明寺司の二役を抜きに柚香光を語ることは難しいだろうし、華優希を花村紅緒役を抜きに語るのも難しいだろう。
[あらすじ]
時は、明治を経て大正時代。西洋文化の影響を受け、着物から洋装に変わり、民主主義や男女平等などを掲げた大正デモクラシーが起こり、ファッションや風俗の流行を引っ張るモダンボーイ・モダンガール(モボ・モガ)というムーブメントが起こった頃である。”ハイカラ”というのは、ここでは「西洋風の」、「目新しいもの」などという意味であろう。
華優希演じる紅緒さんは元旗本の花村家の一人娘。気が強く、歌舞伎役者の蘭丸(聖乃あすか)を鍛えようと竹刀を手に追いかけ回すわ、自転車に乗って壁にぶつかってこけるわ、酒乱で大騒動を引き起こすわ、たいへんな”はいから”さんである。
社交界の花形、陸軍少尉・伊集院忍は、伊集院伯爵家の跡継ぎだった日本人の父とドイツ貴族令嬢だった母を両親に持つ。そして紅緒の親友で賢く美しい北小路環(音くり寿)の幼なじみである。紅緒はそんな少尉と家同士が決めた許嫁であることを知らされ、反発し、抵抗するが、少尉の生い立ちや人柄、考えを知り、想いを募らせていくようになる。
人情に厚くて正義感が強い、裏表なしにまっしぐらに目指すものに向かっていく華の紅緒。柚香の忍は、そんな紅緒を、時には皮肉っぽく、時には暖かく、時には熱っぽく見つめる。忍は紅緒を、自分の「凍えた過去」を溶かしてくれ、ともに生きていける女性として愛するようになっていた。
だが、忍はシベリア出兵で行方が知れなくなり、戦死したとの報が伊集院家に入る。紅緒は、まだ婚約しただけではあったが、伊集院忍の妻として伊集院家に残る決意を固め、白装束の喪服で葬儀の場に現れる。
シベリア出征中の戦闘で死にかけた忍は、ロシア貴族のラリサ(華雅りりか)に助けられる。記憶を失った忍は、ラリサの夫のサーシャ・ミハイロフ侯爵と教えられ、二人はロシア革命を避け、日本に亡命する。
記憶を取り戻した忍は紅緒のところに戻れるのか、というのは注目した。他の女性と結婚した忍が、「どの面下げて」紅緒に会うのか。忍は、シベリア出征時の部下であった鬼島森吾(水美舞斗)と話し、病を患うラリサを気遣いながらも、「マリンカの花のようなひと」と呼んだ紅緒を忘れがたく、言葉を探す。
突然の関東大震災でラリサを失い、全身全霊で紅緒を欲する伊集院忍。千秋楽の柚香光が演じる伊集院忍には、二人の女性の間で、それでも紅緒の幸せを思うという姿に有無を言わせない説得力があった。大劇場千秋楽は焦燥と危機感が強く、東京公演千秋楽はもっと落ち着いた何か、正直さと高潔さというようなものが相混じるという違いはあるにせよ。
高翔組長によると1月31日からお稽古が始まったそうで、千秋楽は11月15日。花組がほぼ2020年1年間取り組んできた『はいからさんが通る』。無事に千秋楽を迎えられて、本当に良かった。おめでとうございます。
柚香さんは東京公演千秋楽の時に喉が荒れている気がしたので十分に喉ケアを。
初演と再演キャスト
『はいからさんが通る』は初演と再演ではキャストが異なる。初演のビジュアル再現率がめちゃめちゃ高くて、ポスターだけで、「はいからさんが通る」の世界そのものだったし、公演の評判も高かった。退団や組替えで初演キャストが揃わない花組での再演は難しさもあるだろうと思ったが、再演のキャストはそれぞれ自分の個性を発揮して演じていて楽しかった。
冗談社の編集長で紅緒の上司役の青江冬星は、初演は鳳月杏、再演の今回は瀬戸かずやが演じた。再演のポスターに写った瀬戸の冬星を見た時に、ほんとにあきらは生粋の花男だな!女嫌いの冬星さんにその色気は過剰じゃないのか!と思ったけれど、コミカルさと愛情深さを織り交ぜた、瀬戸かずやらしい冬星さんになっていた。
希和ちゃんの吉次さん
花乃屋吉次は、桜咲彩花から朝月希和に変わった。希和ちゃんの吉次は休演明け9月3日の公演で、初日間際に見たのとガラリと変わっていたので驚いた。希和ちゃんの芝居はやや弱気なところがあったのだが、それがない。でも9月3日は花組みんな頑張ってたからね。
そうしたら翌9月4日に朝月希和の雪組トップ娘役就任が発表されて変貌の理由を理解した。おめでとうございます。希和ちゃんは、彩風咲奈と踊るコンビになりそうです。歌は高音がやや弱い。(念の為。下手ではない)。ボイトレしてね。
華優希の退団記者会見
寡婦として生きる決意を固め、潔い目をした紅緒と大劇場3作で退団を決めた、りりしい笑顔の華優希。
ほんとに紅緒さんに支えられ励まされて、3年間を過ごしてきたんだろうなぁ。
3年前の初演での出会いから、大劇場公演として再演をさせていただくまでの期間も、ずっと彼女(花村紅緒)に励まされてきたように感じていて、一生忘れられない役になりました。
花組トップ娘役・華優希 退団記者会見(2020/11/18)| 宝塚歌劇公式ホームページ
思い出せば、初演『はいからさんが通る』の配役が発表されたとき、華ちゃんは、『邪馬台国の風』新人公演ヒロインに決まってはいたが、それほど大役を経験しておらず、私は紅緒さんに当てるための新公ヒロインかと思ったのだった。
新人公演では、物語のここぞという時に凛とした表情を見せ、情感のある演技で、芝居心のある娘役というのは伝わってきた。その後、『ポーの一族』のメリーベル役や『あかねさす紫の花』の鵜野皇女役を見て、演技の柔軟性や品の良さは確かだなと思ったので、トップ娘役の決定にもなるほどと思った。ミュージカルには演技(芝居)・歌・ダンスが必須だが、ウェイトが高いのはやはり演技である。だが経歴を見ると歌とダンスの芸歴は長くはないようで、そこは気がかりだった。歌は下手ではないのだが、声量が足りない気がしている。
トップ娘役に決まってから、明日海りお、柚香光との演技の相性はよく、歌とダンスも1作ごとに進化は見えていたので、3作での退団は早いなと思う。だが退団公演までには、ブロードウェイ・ミュージカル『NICE WORK IF YOU CAN GET IT』も挟む。倦まず弛まず前に進む姿を見ることができると楽しみにしている。