[Zuka] 雪組『20世紀号に乗って』

ブロードウェイ・ミュージカル『20世紀号に乗って』
ON THE TWENTIETH CENTURY
潤色・演出/原田 諒
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観劇は1回きりの3月23日(土)15時30分公演でした。

本作品はシカゴからニューヨークに向かう特急列車を舞台としたフィクション。1934年に映画化(監督:ハワード・ホークス)され、1978年にブロードウェイで初演、2015年にリバイバル。日本では1990年に宮本亜門演出『20世紀号に乗って』大地真央と草刈正雄のコンビで上演されている。

ブロードウェイ版は2015年リバイバルでの場面が下記で見れます。リバイバルはブロードウェイの大女優クリスティン・チェノウェスのために上演されたというだけあって、短い映像でもチェノウェスの演じるリリー・ガーランドの強気っぷりが判る。そしてピーター・ギャラガーのオスカー・ジャフィーのくたびれぶり(褒めてる)。オリバーとオーエンは初老のおじさん。ブロードウェイ版はおじさんを愛でる舞台ですな(なにか違)。

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これが宝塚化され、キャストが変わると見え方が変わる。オリジナルとはぜんぜん違うテイストね、という雪組版でした。

20世紀特急(20th Century Limited)は、1902年から1967年までニューヨーク – シカゴの間をニューヨーク・セントラル鉄道が運行した特急列車。映画化された1930年代、20世紀特急の運行時間は約16時間で、豪華寝台特急列車として運行されていたそうです。

運行中の特急列車が舞台というのがポイントで、運行中の列車というのは乗客は駅に着くまで降りることは出来ず、密室になってしまう。本作はその短い乗車時間の間に起きた出来事。

ベティ・カムデン&アドルフ・グリーンの脚本をもとに宝塚版は原田諒が潤色・演出。作曲はサイ・コールマン。原田先生は演出能力が高く、本作や『ドクトル・ジバゴ』(2018年,星組)『南太平洋』(2013年,星組)のような原作ものや海外ミュージカルは巧みです。

さて『20世紀号に乗って』。このハッピーミュージカル・コメディが、望海風斗・真彩希帆の雪組トップコンビと上級生チームに破天荒なエネルギーを与えたことは間違いがなく、キャストの中でも望海風斗のパワーは際立っていて、「いやぁ、だいもん(唯一無二)」と感嘆しきり。『アル・カポネ』もそうだった。

観劇したのが2日目ということもあり、まだいっぱいいっぱいなところも見受けられるキャストたちの中で、口ひげにスーツを決めた望海風斗が、はちゃめちゃコメディをなぎ倒すように歌いながら引っ張っていく恐るべきエネルギー。『エリザベート』のルキーニ役で「アドリブがうまくなりたーい!!」と叫んだ望海や、『るろうに剣心』で彩凪翔演じる武田観柳のアドリブを受けて高笑いするジェラール山下の望海を思い出して、望海風斗のコメディ役者としてのひとつの到達点(≒通過点)を見た思いでした。

(あらすじ)

20世紀号の出発。タップを踏むのは、タップ(橘幸)、チップ(諏訪さき)、トップ(眞ノ宮るい)、ポップ(星加梨杏)の4人のポーター達。ポーターたちと車掌のフラナガン(彩凪翔)が揃うと明るく賑々しい雰囲気に場内が包まれる。車掌は出番が少なく、彩凪にしてはライトな役回りだったけれど、その華やかさというのは帽子で顔が見えにくくてもさすがだなと思った。

外見はナイスミドル、中身はgoing my wayですぐに大風呂敷を広げてしまうプロデューサー兼演出家のオスカー・ジャフィはシカゴでの興行に失敗して4連敗中。破産の危機に瀕していた。彼はマネージャーのオリバー・ウェッブ(真那春人)と宣伝担当のオーエン・オマリー(朝美絢)に20世紀号の特別室Aを確保するように指示する。

ボスのオスカーにイヤとは言えない2人は列車に乗り込み、特別室Aの予約を入れていたことを車掌のフラナガン(彩凪翔)に告げ、特別室Aにいた下院議員グローバー・ロックウッド(透真かずき)と愛人アニタ(沙羅アンナ)を脅かして乗っ取ることに成功する。

オスカーの狙いは、特別室Bに乗車する予定のハリウッドの映画女優リリー・ガーランド(真彩希帆)。

オスカーはオーディションを受けるイメルダ・ソーントン(沙月愛奈)のピアノ伴奏の仕事に来たリリーを見出し、舞台女優として育て上げ、一時は恋人同士でもあった。だがリリーはオスカーのgoing my wayぶりに辟易して2人は決裂し、リリーはハリウッドで映画女優として名を挙げる。

オスカーは、そのリリーを再び舞台女優として出演させれば成功間違いなしと目論んだ。そして意気軒昂と列車に乗り込んでくるはずだったが、うっかり乗り遅れて走る列車の外壁を必死で伝って窓から侵入してきた!(笑いPOINT!!)

そして特別室Bには、リリーが、恋人のブルース・グラニット(彩風咲奈)と一緒に過ごしていた。ブルースはシカゴで映画のPRをするはずだったのに、20世紀号から降りずにリリーに張り付いていた。きゃっきゃとシュッシュポッポシュッシュポッポするカップル。(笑いPOINT!!)

リリーにくっついているブルースを排除し、リリーから舞台出演の契約書にサインをもらうのだ!オスカー・ジャフィは不死身だ!

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・リリーを追っかける望海のオスカーは最初はリリーを出演させる作品のアイディアもなく、ただリリーを捕まえようとしているだけなのだが、失敗続きで落ち込んだり引け目があったりもして卑屈な低姿勢になりそうなところを自らを鼓舞して勢いでエイヤッと今をときめくリリー・ガーランドに向かっていく強さと包容力があり、歌っても話しても向かっていく先が明晰で痛快である。「サイン!リリー!」の方向性を決めるのはオスカーなので話の運び役としての比重はリリーよりオスカーに重く、そこに主役はオスカーだなと思え、幕切れは2人のウェディングというハッピーエンドにオスカーの熱意の源を見る。仲直りの呪文がリリーの本名ミルドレッド・プロトカだというのもなんていうのか、エモーショナルだった(契約とかお金じゃないのよ)。

・真彩のリリーは、経験豊富な大スターというよりも上昇気流に乗ってイケイケの新進気鋭女優という感じで、オリジナルとは別の印象を受けるが、虚勢コミコミで大女優として振る舞うリリーがチャーミング極まりない。胸元の切り込み大きめ、スリット深めのグリーンのドレスでお色気を披露する姿も色っぽいというより可愛らしくて、演出の微妙なズレっぷりに抗する真彩のガンバリズムが微苦笑と愛おしさに転化されていく(演出、狙ってる??)。

うんうん、これからもっと大きくなるよ(サイズのことではない)。

入団8年目の真彩が、2015年リバイバル当時47歳のクリスティン・チェノウェスの役に挑むのである。その苦労はいかばかりだったと思うが、真彩なりのリリー・ガーランドを創り上げた。歌唱に関しても、かの『ファントム』大千秋楽(2/10)から1か月半ではヴォイストレーニングを積む暇もなかったと思われるが、オペラ・クラッシックと発声を変えて歌う楽曲まで激しく踊りながら歌いこなす力はさすが真彩希帆である。

振り返ってみれば、真彩希帆は、彼女の持ち味とは異なると思われる、『琥珀色の雨にぬれて』のシャロンや『凱旋門』のジョアンというファム・ファタール的ポジションのヒロインでも、四苦八苦してはいるのだろうけれど真彩なりに彼女のものにして観客に見せてくれていた。歌唱は彼女の大きな武器であるけれど、たとえ、その武器を封じられたとしても彼女は出来るありったけで演じるのだろう。そのタフネスぶりを愛す。

・オスカーの部下二人 オリバー(真那)とオーエン(朝美)のコンビをつい最近見たよと思ったら『義経妖狐夢幻桜』だった。真那春人はいつも控えめだが、透真かずきやドクター・ジョンソン役の久城あすと同様に雪組を支える職人の一人で、『アル・カポネ』では新聞少年からカポネの腹心の部下になるジャック・マクガーン。今回も朝美と息の合ったところを見せる。宝塚版では望海オスカーに若い頃から付いていて振り回されるが、その才に惚れ込んでいる弟分的なポジションの2人。リリーはオスカーには怒っていても誠実なオリバーの言葉には耳を傾けそう。オーエンはちょっと図々しいのでリリーにとってはオスカー寄り。この二人が役割分担が出来ていて、望海のオスカーを囲んでドタバタしているのは見ていて楽しかった。

・彩風咲奈のブルースはピンクのスーツでスタイルの良さが際立ち、2枚目俳優として売っているのであろうが、役柄的にはボケ役でオスカーには相手にされいないのにオスカーをライバル視して、リリーのガードに走る。チェノウェスのリリーだと若い愛人的な位置づけなのかもしれないが、真彩のリリーと彩風のブルースでは、シカゴの映画PRの仕事をすっぽかしたりする、いわゆるバカップルである。望海・真彩と彩風の息の合った入れ替わり立ち替わりが面白いが、レティシア・プリムローズ(京三紗)の20万ドルが出てくると、リリーがオスカー寄りになっていくのでブルースの影が薄れていく。そこがまたリリーの心情を反映したブルースの役割なのだろう。

・熱心なクリスチャンで実は会社の会長であるレティシア・プリムローズ(京三紗)は列車の中や人の背中に奇妙なシールを貼っていくイタズラ犯でもある。彼女がオーエンと出会い、キリスト教を布教するための芸術に資金を出すと言ったことから展開が変わっていく。京三紗のプリムローズは上品で親切で信仰心が熱い上流階級の婦人かと思えば、かなり変でかっ飛んでいる。クリーブランド駅からレティシアのおい夫婦のヒラリー(朝月希和)とウィリアム(真地佑果)が乗ってきて、レティシアの体調が明らかになるのだが、京三紗があまりにキュートで仮病じゃないかとさえ思う。

・元オスカーの部下で、現在は売れっ子プロデューサーのマックス・ジェイコブスは縣千。どんどん洗練されているが、売れっ子的な傲慢さをうまく醸し出し、目を引く存在だった。

物語といえるほどのストーリーはない。一言で要約すれば「(契約書に)サイン!リリー!」であり、オスカーがリリーと契約できるか(やり直せるか)という事象に絡むドタバタ劇をショーアップし、150分で構成している。難易度は高いけれど、こういう上質のコメディ作品を上演できるというのは組の財産であり、宝塚の財産ですね。別箱作品でチャレンジするのは良いことだと思いました。できれば映像化(円盤化)できる作品が多いほうが嬉しい。もう少しお稽古期間と休養期間に余裕があればいいのに。