[Zuka] 花組『金色の砂漠』(1)・花乃まりあ退団

花組東京宝塚劇場公演、千秋楽おめでとうございます。

上田久美子氏の大劇場作品第2弾は、花組トップ娘役花乃まりあの退団公演となるトラジェディ・アラベスク『金色の砂漠』 。『金色の砂漠』は、古代の中東の砂漠にある王国を舞台に、設定に趣向を凝らして濃密な愛憎の世界を描くもの。攻めていきたいという上田氏の言の通り、トップスター明日海りお、二番手・芹香斗亜に王女付きの奴隷の役を配した、複雑性と芸術性を備えたアラベスク。

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開演前に幕に映る、月の沙漠を旅するラクダの群れ。観客の想像をあっという間に旅情溢れる世界に誘う。

幕が上がり、砂漠を旅する旅人達が砂に埋もれかけた二つの亡骸を見つける。

見渡す限り、砂や砂利が敷き詰められた大地。砂漠では雨がほとんど降らない。乾いた風が吹きすさび、砂や小石が舞い飛ぶ。砂漠を旅する者は、砂嵐に巻き込まれると行き先を見失い、どこへもたどり着けなくなる。行き倒れた亡骸は、砂漠の厳しさを観客に知らしめる。

『金色の砂漠』は、周囲を砂漠に囲まれたイスファン王国の興亡記とも読める。

イスファン王国の現王ジャハンギール(鳳月 杏)は、前王バフラムを倒し、新たに自らの王国を創り上げた勇猛無比の砂漠の武人。その強大な力の下でイスファン王国は栄華を誇っているが、その王にも懸念材料があった。国の土台を強固なものとするためには、後継ぎとなるものを据えなければならない。だが、王の実子は娘ばかり。そこで王は、第一王女タルハーミネ(花乃 まりあ)には、北の大国ガリアの末の王子テオドロス(柚香 光)を、第二王女ビルマーヤ(桜咲 彩花)にはハバネール国の王子ゴラーズ(天真 みちる)を、第三王女のシャラデハ(音 くり寿)には、オベロイ国の王子ソナイル(冴月 瑠那)を娶せる算段で、王女と王子を引き合わせた。

第一王女タルハーミネに求婚する権利を得たテオドロスは、彼女の側に昏い眼をした青年が控えていることに気付く。宴席での名歌手と思われた青年ギィ(明日海りお)は、タルハーミネの身の回りの世話をしている「特別な」奴隷であった。

来客であるテオドロスに、ジャハンギール王の「特別な」奴隷であるルババ(鞠花 ゆめ)は、王国の奴隷制度(風習)について語る。

このあたりの砂漠では、王族に生まれた女の子には男の奴隷を、男には女の奴隷を、特別な奴隷として一緒に育てる風習があるのだという。王女の側に控える男の奴隷は、王女と寝食を共にし、着替えを手伝い、時には足台となり、時には王女の身代わりで鞭で打たれる。

『金色の砂漠』には、5組の王族と特別な奴隷が登場する。異性の組み合わせではあるが、それぞれで関係性が異なり、それが物語の展開にも繋がっている。物語の中心となるタルハーミネとギィについては、二人の子ども時代のエピソードも交えて、二人の性格と関係性とキーワードとなっている「金色の砂漠」について明らかにしていく。

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タルハーミネ(花乃)に求婚するテオドロス(柚香)は、妻となる女性の側に、寝食を共にするような強固な結びつきを持つ男の奴隷をおくことに忌避感を示す。自国の風習に疑問を抱いていないタルハーミネはテオドロスのその反応に驚くが、ギィもまた結婚するタルハーミネの側に仕えることを忌避しようとしていた。ギィは、幼い頃より使えたタルハーミネへの沸き上がる恋慕を抑えるのが苦しくなってきていたのだ。

直情的なギィを、第二王女ビルマーヤ(桜咲)の「特別な」奴隷ジャー(芹香)は心配し、行動に気をつけるように忠告するが・・・。

そしてジャーは観客向けに語り部と名乗り、王国の滅亡を予告する。ジャハンギール王(鳳月)が前王バフラムを倒し、イスファン王国を乗っ取った際に犯した過ちが王国を滅亡に導く。その過ちは、ジャハンギール王が国の後継者を選ぶために王女への求婚者を集めたのを契機に顕在化していくのだった。

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幼い頃からお互いを半身の分身のように育ってきたギィとタルハーミネ。奴隷でありながらも、勉学ではタルハーミネを凌駕し、歌い手としても有数となったギィ。王女として何一つ不自由なく育つが、婿を取らねば敬愛する父の王国を継ぐことも出来ぬ女の身のタルハーミネ。そんな二人の間に知らずと割り込む形になった、テオドロスは故郷の国では末子であり、婿養子としてイスファン王国に来ざるを得ない。

明日海りお花乃まりあが自らの持ちうる経験とありったけの感情を込めて愛と憎しみを体現し、その激しさに息をのむ。大劇場での新人公演も観て、そのレベルは高かったが、昏く激しく情念を燃やすギィと砂漠の王女の誇りを胸に気高く生き抜こうとするタルハーミネは、まさしく明日海と花乃のための宛て書きであり、上田久美子氏の狙い通り、このコンビにベストマッチだった。

組替えになって「花組の娘役(花組らしい娘役)になりたくて」と語った花乃まりあ、大劇場公演の千秋楽の日に、「理想の娘役」と楽屋口前でファンにコールされて涙を流した花乃まりあ。娘役という在り方の不可思議さに悩んでいた花乃まりあ。タルハーミネのような激しい役を、宝塚の娘役が品と美しさを持って演じるからこそ、価値がある。花のような娘役の咲かせた花は、激しく艶やかな金色の大輪の花であった。かのちゃん、素晴らしい舞台をありがとう!

さてさて、トップコンビに果敢に挑む、柚香光のテオドロスは、武芸に弱いのを知略で補おうと、感情よりも打算や計算を優先しようとして目論見を誤り、小利口に立ち回ろうとして立ち回れない不器用さを感じさせる。柚香の美貌で演じる人間くさい、脆さが同居する傲慢さという、不思議な造形は、最後に戦場を離脱してしまうテオドロスの、その行動さえ、嫌みも反発も感じずに「彼らしさ」に納得してしまう、という効果をもたらした。これは柚カレーの人徳だと思ったね、興味深い。

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トラジェディ・アラベスク『金色(こんじき)の砂漠』
作・演出/上田 久美子

昔々、いつかの時代のどこかの国。砂漠の真ん中にあるその王国の王女は、“ギィ”という名の奴隷を持っていた──。

自分がどこから来たのかも知らず、王女タルハーミネの奴隷として育てられた少年、ギィ。常に王女に付き従って世話をする彼は、長じるにつれ、美しく傲慢な王女に心惹かれるようになる。ギィを憎からず思うタルハーミネではあったが、王女の立場と何より彼女自身の矜りが、奴隷を愛することを許さない。タルハーミネはわざと高圧的な態度でギィを虐げる。奴隷でありながら矜り高いギィは、そんな王女を恋の前に屈服させたいと激しい思いを募らせる。
ギィの怒りにも似た愛は、やがて報復の嵐となってタルハーミネと王国を呑み込んでゆく──。
架空の古代世界を舞台に描き出される、愛と憎しみの壮絶なアラベスク。