[stage] 『マイ・フェア・レディ』

12月8日~12月30日までシアタークリエで上演中のミュージカル『オン・ユア・フィート!』に出演中の7代目宙組トップスター・朝夏まなとの女優デビュー作。Wキャストで、もう一人のイライザは神田沙也加。さーやの声質と歌声も心地よいので両キャスト見たかった。

G2氏のリボーン(再生)版演出で、イライザとヒギンズ教授のカップリングは固定ということだったので、観劇は1回ずつになりました。まぁ様の回には雪組のだいもん(望海風斗)、ひーこさん(笙乃 茅桜)、咲ちゃん(彩風咲奈)と観劇が被りました。

梅田芸術劇場メインホールにて
・10月20日(土)12:30公演:朝夏まなと・寺脇康文 出演
・10月21日(日)12:30公演:神田沙也加・別所哲也 出演

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1956年ブロードウェイ初演、オードリー・ヘプバーン主演で1964年にミュージカル映画化、超有名作『マイ・フェア・レディ』。日本では1963年に江利チエミのイライザ、高島忠夫のヒギンズ教授で初演。以降、キャストを変えて再演を繰り返しているが、20年の長きに渡ってイライザを務めたのは大地真央。

昨年12月に一報が入った時はびっくりしました。まぁ様の女優デビュー作が『マイ・フェア・レディ』で、Wキャストがさーや(神田沙也加)って、ハードルたっか(本音)。4月にMANA-ismが開催されて、あの歌声なら大丈夫かなぁと思い、9月の東急シアターオーブでの上演とお茶会は入院中で行けず、大阪まで待った公演です。

演出が刷新されても、内容的には古典なので現代感覚からすると疑問点もあるが、貧しい女性が教育を受けて知識と礼儀作法を身につけ、自分の人生を切り開いていく、と考えると最先端の物語に変貌する。作中に感じる違和感や疑問点に自分の感覚を見出す作業が楽しい。古典ミュージカルはショーの影響が強くて、舞台上の全員が参加する大ナンバーやソロも多く、キャストは歌える芝居巧者ばかりで見ごたえがあった。

作品が幕を下ろした後のイライザはヒギンズ教授を選ぶのか、フレディを選ぶのか、というのはこの作品を見た後の最大の論点。

個人的にはどっちのイライザでもヒギンズ教授とは結婚しなさそう、フレディ又は、しばらくは独身だろうと思ってしまった。原作を書いたジョージ・バーナード・ショーは、イライザとフレディの結婚を想定していたそうだが、舞台化や映画化の際に一般受けを狙って結末が変更されてしまったと。

2人のイライザはどういう想定をしてお芝居をしていたのだろう。

それから、イライザの父アルフレッド・ドゥーリトル(今井清隆)がヒギンズ教授がその屁理屈のような道徳観を気に入って、いたずらしたため、資産家の遺産の相続人になり、愛人と結婚する。今井清隆の演じるアルフレッドが憎めないキャラだとはいえ、娘のイライザに金銭をたかり、暴力を振るっていたこともあったと思しい。貧困層の暮らしの代表であるのだろうが、そのシンデレラ・ストーリーはやや奇異に感じた。

人情としては特訓に耐え、寸暇を惜しんで勉強したイライザに幸福になってもらいたいし、利益も享受してもらいたいのだが、イライザが得たのは教育の成果としての教養であり、自立した人間としての自信で、生活の安定や幸福はこの物語の後の話になる。演出が刷新されて、イライザの演じ方が現代女性の感覚にマッチするようになっているのに対し、ヒギンズ教授のマチスモ(男性優位主義)や言語の教育手法の奇妙さ(このあたりはコメディタッチになっていたけれど)が目についたが、わざと残してあるのだろう。2組で途中やラストの演出が変えてあるのが、面白かった。

朝夏まなとの花売り娘イライザは、顔に汚れがついていて、負けん気が強く、その場にいる者を巻き込む開放的な勢いの良さで、その後も上流階級の荒波(ヒギンズ教授)に揉まれながら、自分を鍛え上げていく様を見ているようだった。

まぁ様がキュートでそれだけで泣けた。見慣れてない白いレースがふんだんに使われた豪奢なドレスがよく似合うんだけれど、相変わらず腕が長々で白い長手袋をした腕の長さがおかしい。そして胴が短くて腰の位置が高すぎた(足長)。

印象に残っているのは、舞踏会に行く直前の朝夏イライザ。白いドレスを身につけた朝夏イライザはその美しい顔に厳しい表情を浮かべ、唇をきゅっと噛み締めていた。二度目の社交界デビューに失敗したら、特訓してくれたヒギンズ教授(寺脇康文)とピッカリング大佐(相島一之)に迷惑をかけ、それから優しいピアス夫人(春風ひとみ)達を失望させる。責任の重さに耐えるかのようなその姿に、元男役トップスターの片鱗を見て退団後を感じた。

その後、イライザの社交界デビューの成功に気を良くして手柄顔でお祭り騒ぎのヒギンズ教授たちに、イライザが激しく憤る意味も理解できる。自分よりもヒギンズ教授たちにかける迷惑を思い、慣れない勉学やお作法に苦労を重ねて、成功を確信して安堵したいのはイライザ本人だったのだ。その怒りの美しさ。

そんな朝夏イライザに対する寺脇康文のヒギンズ教授はダンディーで仕事としての義務的な態度が前面に出ていて、ガチ勝負感があり、2人の恋愛色は薄い気がした。どちらかというと朝夏イライザは、慕ってくれるフレディへの好意を感じた。平方元基のフレディは朝夏イライザが新鮮さに夢中になり、ヒギンズ教授宅の玄関前で一人で恋心を噛み締めている姿がかわいい。甘々の『君が住む街』を歌ってくれるフレディが日参してくれたからこそ、イライザは特訓を耐えられたのかもしれない。

フレディも花売り娘のイライザには冷たいが、レディのイライザにはメロメロという貴族のお坊ちゃまで、身分社会の得手勝手さをちらりと見せる脚本になっていて面白い。

神田沙也加のイライザは、さすが「生粋の女性」だった(つい、まぁ様(元男役)のイライザと比較して見てしまったので語弊がある)。キュートでしなやかな子鹿のような花売り娘で、現代女性の感覚で生きるイライザ。訛りと言葉遣いを矯正して、花屋に勤めて、お休みにはお洒落して出かけたり、友人と一緒に美味しいものを食べに行けるくらいの生活がしたい。ヒギンズ教授と対しても控えめに押したり引いたり、かわしたり、ふくれたり、笑ったり、センスの良いイライザで、現代女性の聡明さを体現したかのようだった。舞踏会に行く前は、ドレスアップした晴れの姿に、はにかみつつ、華やかに微笑む。

そんな神田イライザに別所哲也のヒギンズ教授は、意外なところで意外な才媛に出会い、引き込まれていく。別所ヒギンズ教授は恋というか、イライザを手放したくないという感情が見えていたが、神田イライザはヒギンズ教授のところに戻って、教師の勉強をして自立し、フレディと結婚して養っていきそうだった。

ヒギンズ教授がイライザを任せたヒギンズの母の前田美波里の堂々たる姿が素晴らしかった。ヒギンズ教授にスリッパを投げつけて屋敷を出たイライザはコヴェント・ガーデンに寄ってから、ヒギンズ夫人のところを訪ねる。競馬場で会ったときとは「何この身元不明のこ」的目線だったヒギンズ夫人だが、イライザの努力と真摯さを認めてからは大切な友人として扱ってくれる。「ヘンリー(ヒギンズ教授)は、ねぎらいの一言も言わなかったの」とイライザの気持ちをちゃんと受け止めてくれる夫人の偉大さ。

ピッカリング大佐の紳士ぶりやピアス夫人の気遣い、ヒギンズ夫人の貴婦人ぶり、そういったところに救われた『マイ・フェア・レディ』という物語でした。

(あらすじ)

ロンドンのコヴェント・ガーデン。花売り娘のイライザ・ドゥーリトル(朝夏まなと神田沙也加)が通行人に花を売ろうとしている。フレディ(平方元基)にぶつかって、商売ものの花が泥まみれ。フレディは母のアインスフォードヒル夫人(伊東弘美)と立ち去ってしまう。下町の言葉使い、訛り丸出しで文句をいうイライザの姿を見て、メモを取る男は、言語学者のヒギンズ教授(寺脇康文別所哲也)。

イライザの父であるアルフレッド・ドゥーリトル(今井清隆)は清掃作業員ではカツカツなので、娘からお金をせびって飲み歩き。そんな生活に嫌気が差しているイライザはヒギンズ教授の言葉を思い返した。

イライザはヒギンズ教授のところに、下町流のおめかしをして、上流階級の話し方を習いたいと依頼に行く。道で花を売るのではなく、ちゃんとした花屋に就職したいのだ。汚い言葉使い、荒い所作のイライザを下に見るいけ好かないヒギンズ教授と一人の女性として扱ってくれるピッカリング大佐(相島一之)の住む家に、イライザは住み込みで話し方と礼儀作法を学ぶことになる。

厳しい特訓の末、イライザは競馬場で、社交界デビューすることになる。ヒギンズの母(前田美波里)に付き添われて、上等のドレスを着込んだイライザは見た目は美しく上品な貴族の令嬢だった。だが上品に品の悪い言葉を使い、レースに興奮して大騒ぎして、ボロを出してしまう。

ヒギンズ教授はピッカリング大佐とピアス夫人(春風ひとみ)の助けを借りて、イライザにさらなる猛特訓を行い、社交界再デビューを図る。正装したイライザに恋するフレディはヒギンズ教授の自宅に日参するようになるが、特訓中のイライザは取り合わない。

イライザの社交界の再デビューの場所は大使館の舞踏会。白の繊細なドレスを身にまとい、豪華なアクセサリーをつけたイライザは優雅に舞い、女王に褒められ、ダンスに引っ張りだこで舞踏会の花となる。

ヒギンズ教授とピッカリング大佐の賭けは成立し、ピッカリング大佐が負けてイライザの授業代やドレス代諸々を払うことになる。大はしゃぎする2人を見て、イライザは自分が賭けの題材で実験台にされたことに気づくのだった。

公式/ 東宝『マイ・フェア・レディ』HPより

本/歌詞 アラン・ジェイ・ラーナー
音楽 フレデリック・ロウ
翻訳/訳詞/演出 G2
出演 イライザ(花売り娘):朝夏まなと/神田沙也加(Wキャスト)
ヘンリー・ヒギンズ教授(言語学者):寺脇康文/別所哲也(Wキャスト)
ピッカリング大佐(言語研究家の軍人):相島一之
ドゥーリトル(イライザの父親):今井清隆
フレディ(上流階級の青年):平方元基
ピアス夫人(ヒギンズ邸の家政婦):春風ひとみ
アインスフォードヒル夫人(フレディの母親):伊東弘美
ヒギンズの母:前田美波里  ほか
製作 東宝
主催 関西テレビ放送/梅田芸術劇場