[Zuka] 特別顧問・轟悠退団発表に寄せて~専科考

3月18日(木)専科・轟悠の退団発表

3月18日(木)、専科・轟悠の退団が発表された。退団日は2021年10月1日(金)。


轟悠は、昨年(2020年)7月18日付で理事を退任し、劇団特別顧問に就任していた。”活動については「現状と変わらない」”という発表があったが、故・春日野八千代松本悠里のように、徐々にでも舞台上のポジションが変わっていくのではないかと思ったりしていた。

だが退団。轟悠は専科の主演男役として退団していく。

轟悠退団の発表を知った時の気持ちは、大げさかもしれないが、上皇様(87)が天皇を退位して譲位されるという決定(2017年12月8日)を聞いた時の気持ちに似ている。

「わー退位できるんだ。よかった!」。

皇室典範は終身在位制を原則としているため、退位のためには皇室典範特例法が必要だったが、お元気で退位され譲位が無事に行われたことは素晴らしく幸福な出来事だった。退位の意向を公表された上皇様は本当にご立派だった。ご夫婦で穏やかに過ごされていることを願っている。

話がずれました。


春日野八千代さんのような存在とは

専科の特別顧問・轟悠が退団する。

轟悠が、「春日野八千代さんのような存在に」と請われて専科に残ったとどこかで聞いていたので、私はてっきり、春日野八千代と同じように専科に終身在位かと思っていたのだが、退団を選ぶ道はまだ残されていたらしい。

果たして退団記者会見で、轟はチャーミングに穏やかに微笑み、「はっきりと退団を決めたのは昨年です。私の心の中に“退団しよう”という思いがごく自然に現れ、それに素直に従おうと思いました」と自分で決断を下したことを話してくれた。歌劇団もその決断を受け入れたのだ。

そして「静かに受験し、入団し、静かに退団していく。それが一番私らしい」と退団セレモニーを断って、宝塚歌劇団を卒業していく。

専科に異動して20年。「春日野八千代さんのような存在」と言っても、宝塚歌劇団の107年の歴史の中でまだ2人目である。雪組トップスターから専科に移るまでの道のりも春日野八千代と同じではない。轟悠は歌劇団理事であり専科の主演男役であるという位置づけを自分で作っていくという、前人未到の頂きを目指した。

「“退団しよう”という思いがごく自然に現れた」というのは、轟がなにか手応えを感じた証であればいい。退団会見の晴れやかな笑みを浮かべた轟には、ここ数年、感じていた痛々しさは影も形もなかった。

退団できるんだね。よかった。長い間、本当にお疲れ様でした。これは今の正直な気持ちである。


轟は85年入団。97年に雪組トップに就き、02年、同組トップを退いて「春日野八千代さん(故人)のような存在に」と請われて専科に異動。翌03年に劇団理事に就いた。

轟悠と小池修一郎氏が宝塚理事を退任、特別顧問に | 2020年7月19日 | 日刊スポーツ

 


男にしか見えない男役

私が、轟の舞台を初めて観たのは『南太平洋』(2013年、星組)だった。私が聞いていた轟の評判は、「男にしか見えない男役」だった。初めて観た轟は、彫りの深い顔立ちとハスキーボイス、歳を重ねても崩れない体型で着こなすスーツ姿にはスキがない。これが男役の頂点か。

大好きなのはバウホールで上演した『第二章』(2013年、専科)である。出演者は、専科の轟悠英真なおき、星組の夢咲ねね早乙女わかばの4人という少人数の舞台で、宝塚歌劇でもこんな少人数の生活感のある作品を上演するのかと驚いた覚えがある。轟はニール・サイモンの小粋でウィットに富んだ芝居を楽しそうに演じていた。版権が厳しく、『おかしな二人』(2011年・2012年、専科)とともにスカイステージでの放送がないのが残念である。

轟は雪組トップスターを退き、理事になって10年が経っていた頃だ。宝塚のバウホールという小劇場の良さを『第二章』と『月雲の皇子』(2013年、月組)で学んだ。

その後、『風と共に去りぬ』(2014年・2015年、月組)や『The Lost Glory-美しき幻影-』(2014年、星組)などの大劇場にも出演があった。

轟悠の当たり役のレット・バトラーを観劇できたのは僥倖だったが、私はトップスター相手にした大劇場出演よりも『オイディプス王』(2015年、専科)や『For the people-リンカーン 自由を求めた男-』(2016年、花組)、宙組『双頭の鷲』(2016年、宙組)などのように小劇場や別箱のほうが轟は自由だったのではないかと思う。『長崎しぐれ坂』(2017年、月組)は博多座まで見に行ったが、轟はどちらかというと珠城りょうのフォローに回っていた。

轟は年下のトップスター達のリクエストに応えて、男役の頂点の背中を見せるために大劇場公演に出演していた面もあるのだろう。


轟悠が痛快に演じきれる作品がみたい

異変を感じたのは、大劇場公演『凱旋門 -エリッヒ・マリア・レマルクの小説による-』(2018年、雪組)である。轟の声は掠れがちで、歌声も伸びなかった。芝居にも衰えがあり、望海風斗がフォローに回っていた。

そんな轟を観て、稽古期間も含めると半年近い大劇場公演よりも別箱公演のほうがいいのではないか、と思った。また下級生の育成に比重を移し、主演男役ばかりではなく、専科枠として出番が少なくても作品に重みを与える役での出演でもいいのではないかとも思った。

轟の相手役を務めると、後にトップ娘役になるという伝説があるらしいが、相手役を務める娘役はがんばるのだろう。意識も技量も向上する。男役も憧れの轟の背中を見て、士気も技量も上がる。『チェ・ゲバラ』(2019年、月組)と『シラノ・ド・ベルジュラック』(2020年、星組)を見て、その思いを強くしていた矢先の退団発表だった。

退団公演は、星組公演『婆娑羅(ばさら)の玄孫(やしゃご)』。

作・演出は植田紳爾。ミエコ先生(松本悠里)も植田先生の作品で退団されたが、歌劇団としてはそれが最上級の送り出しなのだろう。役は、「波乱万丈の人生を痛快に歩む男の姿」。轟悠が痛快に演じきれる作品であることを願っている。

昨年9月の無観客ライブ配信『Yū, Sparkling Days』で、轟がやつれているように見えたのが気になっていたが、ご実家が7月の熊本の豪雨災害で水害に遭われたとのこと。心労を押してのライブだった。お見舞い申し上げます。

声については『Yū, Sparkling Days』でも掠れがちだったので、十分にケアをして退団公演とラストディナーショーに挑み、有終の美を飾ってほしい。しかし退団セレモニーがないのは寂しい。ご時勢もあるのだろうか。ワクチンが早く普及しますように。


専科考~専科とは何か

轟の退団後、専科はどうなるのか。専科の主演男役という存在の後継は行われるのか。専科公演はどうなるのか。

専科の位置づけを公式の説明から引いてみる。

専科とは、花・月・雪・星・宙のどの組に属さず、必要に応じて各組の公演に特別出演するスペシャリスト集団。各組の舞台に新しい魅力を吹き込みつつ、後輩の育成にも一役かっている。

トップ宝塚歌劇を楽しむ
これがわかれば、もっと楽しい。宝塚用語辞典

 

専科は上記の公式の説明のように、技能に優れた生徒個人の集団である。専科生は、組長など組の管理職の経験があるベテランや声楽や舞踊などの芸に秀でたスペシャリスト達であり、各組の公演に特別出演して公演に厚みをもたらす。

2000年には若手のトップスター候補生を集めた「新専科」制度が設けられたり、2019年には星蘭ひとみ(2020年11月30日付退団)が映像専科として専科に組替えするなど、専科は「組」という枠よりも柔軟な位置づけである。

また現役生徒で歌劇団理事になった者は専科に所属している。轟や松本は劇団理事から特別顧問になり退団のため、現役生徒の理事は英真なおきのみとなった。

その専科生の退団が相次いでいる。

現在の専科生は、轟を入れて13人。今年の1月3日には轟と同じく特別顧問だった松本悠里が退団した。宝塚歌劇の生徒一覧である「宝塚おとめ」には、松本は専科の一番目に掲載されていた。その松本の退団により轟が名実ともにトップになった、はずだった。それが10月1日付けで退団となる。

昨年は華形ひかる(2020年9月20日付退団)と映像専科の星蘭ひとみ(2020年11月30日付退団)のふたり。2019年の退団者はいないが、2018年には沙央くらま(2018年2月11日付退団)と星条海斗(2018年6月17日付退団)のふたり。

彼女たちは全員、管理職経験のない中堅・若手のスターだった。現在、中堅・若手で残るのは男役スターの凪七瑠海と元宙組トップ娘役の星風まどかのふたりである。

凪七は4月2日から始まる花組大劇場公演に特別出演が決まっている。89期の凪七は4月から研究科19年に突入するが、その位置づけはどうなるのか。

また星風は7月5日付けで花組に組替えし、花組のトップ娘役に就くことが発表されている。近年は、星風のように管理職経験のない中堅・若手のスターが一時的に専科に所属するというケースも相次いでおり、そのたびにファンはやきもきさせられている。

  • 愛月ひかる:2019年2月26日付で宙組から専科へ異動し、2019年11月1日付で専科から星組へ組替え
  • 星蘭ひとみ:2019年12月23日付で星組から専科へと異動し、2020年11月30日付で退団
  • 星風まどか:2021年2月22日付で宙組から専科へと異動し、2021年7月5日付けで専科から花組へ組替え

結局のところ専科とは何なのか。ベテランのスペシャリストの集団とは別にスターの一時置き場や調整弁的な役割も担っている。5組とは別になくてはならない存在であるが、その位置づけは曖昧である。

私は轟の退団後も専科公演が観たいと思う。たとえば英真なおきが主演でもいい。組子が特出すれば人数も揃えられる。専科は、番手と学年、成績によるスターシステムが敷かれる組よりも自由がきくはずである。
これを機に専科の改革を考えることも必要ではないか。宝塚歌劇団として専科の位置づけを強化して、格式を整える。轟がひとりで背負ってきたものを歌劇団として形作り残すことも引き継ぎなのだと思う。