9日の大千秋楽から2週間が経過しました。関係者の皆様、お疲れさまでした。演劇の灯を守るという意気込みを感じる舞台でした。本当にありがとうございました。
『改変 いくさ世の徒花の記憶』(脚本・演出:末満健一)【公式サイト】は、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、当初予定されていた『綺伝 いくさ世の徒花』を、出演者を減らして舞台上でのソーシャル・ディスタンスを取り入れて作り上げられたもの。
『大地(Social Distancing Version)』(作・演出:三谷幸喜)でも思ったのですが、演者同士の距離をとるソーシャル・ディスタンスを取り入れた芝居でも不自然さを感じさせずに面白くしてみせるという演出家の誇りと意地を感じる舞台でした。
ソーシャル・ディスタンスを取り入れる芝居は、出演者の動きや舞台上の演出が限定された形式になり、自由度は低い。これが一形式として根付くのかは謎ですが、演出家の挑戦として見るとアイディア次第で見せたいものを表現できるのが、「舞台芸術」なのだと思いました。
『刀剣乱舞/灯』は、アンサンブルをなくして映像や照明で補い、講談師の活弁で迫力を出す。刀剣男士同士は等間隔に立って対面での会話をせず、立ち回りは動線を入り組ませずに並行や交差のみにする等、随所に工夫が見られました。密集・密接を避けるためとはいえ、アンサンブルなしはさびしい…んですが。そして見ないようにしても見える透明マスク着用だった。。。
舞台上の限られた空間を使って見せたい世界をどう表現するか、というのが演出家の芸であり、その構築された世界で想像力を駆使して役の生き様をどう表現するか、というのが出演者の芸。その総合芸術を見るのも舞台観劇の醍醐味。テレビや映画とは違うものなんですよ、「舞台」。
リモート演劇や配信も一手段になっていくのでしょうが、劇場の板の上という限られたスペースを使った総合芸術を、自分の目で見て舞台上のエネルギーを受け止めるのが楽しい。それが舞台観劇のメインストリームだと信じています。<boso>配信、楽なんだけどね。。。</boso>
科白劇 舞台『刀剣乱舞/灯』は、特殊な「刀装」による講談師/講男士が語り紡ぐ物語。その滑らかでテンポの良い語り口で、刀剣男士達を支える役目を担う。
えー昨今、皆様方もご存知でしょうが、新型コロナウイルスの影響で世界中が大変なことになっております。この日本でも緊急事態宣言が発令され、やれ自粛それ自粛と街なかから人が消えたりなんかして、えらいもんでございます。
「刀装」の講談師、透明マスクをつけて任務に当たる神田山緑が朗々と開幕を告げる。
そんなご時世での舞台『刀剣乱舞』、いつもとは趣向を変えまして、科白劇(かはくげき)なる形態でお送りいたします。
科(か)は仕草、白(はく)は台詞の意味でございます。
科白劇とはせりふ劇。長広舌が朗々と続くのかと思ったら、会話と顔の表情と所作で成り立っているストレートプレイでした。ただ演者同士が密接して会話したり絡むような行為がない。
つまり、これだ👇
さしもの刀剣男士といえど、ソーシャル・ディスタンスを守らなければいけません。
そこで仕草とセリフを尽くしまして、物語を語る次第でございます。
科白劇 舞台『刀剣乱舞/灯』
綺伝いくさ世の徒花
改変 いくさ世の徒花の記憶これより開幕でござーい。
[あらすじ]
時は1596年(慶長元年)。熊本城本丸御殿に古今伝授の太刀(塚本凌生)と地蔵行平(星元裕月)が、先行調査員として潜入していた。
そこは正史ではありえない、キリシタン達の集う「神の国」であった。時間遡行軍によって正史から分岐した歴史は「放棄された世界」となる。
2人の刀剣男士、古今伝授の太刀と地蔵行平は放棄された世界の熊本城で、この歴史改変の始まりである細川ガラシャ(七海ひろき)に会う。
細川ガラシャを見つめる地蔵行平は、古今伝授の太刀が止めるのも聞かず、ガラシャの手を取って駆け出していた。
ガラシャは地蔵行平に問う。
「どこに行くのです。逃げることはできません。ここは私が望んだ世界ですから」。
力なく「そなたはここにいてはダメだ」と呟く地蔵行平。
八振りの刀剣男士
歌仙兼定(和田琢磨)を筆頭に、刀剣男士6振りは、「よその本丸」の戦績資料を手に、勉強会を始めようとしていた。その戦績資料とは、別の本丸の特命調査「慶長熊本」の記録が記されたものだ。
- 歌仙兼定(和田琢磨)
- 山姥切長義(梅津瑞樹)
- にっかり青江(佐野真白)
- 亀甲貞宗(松井勇歩)
- 獅子王(伊崎龍次郎)
- 篭手切江(大見拓土)
歌仙たちは、繰り返し「僕たちの本丸」と「よその本丸」と言う。「僕たちの特命調査・慶長熊本」と「別の特命調査・慶長熊本」が存在するというパラレルワールド的世界観だが、審神者(プレイヤー)の数だけ本丸が存在するという刀剣乱舞の世界観を反映したものなのか。
『改変 いくさ世の徒花の記憶』で語られる慶長熊本が正史より分岐したのは1587年。豊臣秀吉が、キリスト教宣教師(padre=神父)の国外退去を命じるバテレン追放令を発令した年である。
細川ガラシャを盟主とした慶長熊本には、大友宗麟(三浦浩一)や黒田孝高(山浦 徹)ら、有力なキリシタン大名達が集まっていた。刀剣男士の介入を知った摂政の大友宗麟と軍師である黒田孝高は、盟主・細川ガラシャが刀剣男士に連れ去られたとの報を受ける。
歌仙兼定の声が響く。「戦績資料を読み進めよう。僕たちの特命調査とどこが同じでどこが違うのか。調べてみないとね」。
細川家ゆかりの刀達
政府からの入電で熊本に赴いた歌仙兼定とにっかり青江は、熊本城下で、ざんばらの髪を振り乱し、汚れてボロボロの出で立ちの、”雅さのかけらもない” 細川忠興(早乙女じょうじ)に出会う。
歌仙兼定とにっかり青江は、熊本城が江戸時代のものであることに気づき、歴史改変の程度は深刻だと判断する。そこに入電の主である古今伝授の太刀が現れる。古今伝授の太刀は忠興の父である細川幽斎の太刀であり、忠興の刀であった歌仙兼定とは縁があった。
古今伝授の太刀は、歌仙兼定達に力添えを依頼する。
細川家に咲く一輪の花、細川ガラシャを滅ぼすために。