[Zuka] 月組『アンナ・カレーニナ』

月組2番手男役と3番手男役と人気娘役の公演がなぜ宝塚バウホール(526席)のみなのか。事情があるんだと思いますが、ライブビューイングが入って安堵しました。私もライブビューイングで見ようとチケットを確保していたのですが、知人から18日14時30分のチケットをお譲り頂き、観劇できました。

レフ・トルストイの長編小説『アンナ・カレーニナ』は不朽の名作と呼ばれるものの一編です。1877年単行本初版で、舞台は1870年代のロシア。出版された当時はずばり同時代を描くものだったけれど、現代では当時のロシアの貴族社会の状況を知ることができる資料として歴史的価値も増している作品。

宝塚版『アンナ・カレーニナ』は、脚本・演出:植田景子氏で3度目の上演。初演は2001年雪組(朝海ひかる主演)。2008年星組バウワークショップで再演され、カレーニン役を紅ゆずると美弥るりかのWキャストで演じている。私はCS放送で、ヴィロンスキー:夢乃聖夏、アンナ: 蒼乃夕妃、カレーニン:紅ゆずる、コスチャ:壱城あずさのAパターンを録画して見ているのですが、カレーニン:美弥るりかのBパターンは見たことがない。ハイビジョン画質で両パターンを放送してほしいな。映画はモノクロのヴィヴィアン・リー主演バージョンを見ました。

植田景子氏の美意識が繊細に行き届いた演出と舞台構成で、テーマはずばり「愛」。キャッチコピーは、「この愛に出会えた…。それが全て」。

植田景子氏はラスパのパンフレットにも書かれていましたが、小劇場で再演を繰り返し、ブラッシュアップしていくというのをやっていきたいんでしょうね。新作主義の宝塚歌劇ですが、『ベルサイユのばら』や『エリザベート』は再演を重ねているし、柴田侑宏氏の作品群は再演の定番ですから、新旧取り混ぜて人気の高い作品・質の高い作品を選択するというのが望まれているのかもしれません

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とにかくビジュアルの美しさにやられる。金糸の刺繍飾りが入った白軍服の美弥るりか、赤や黒の輪っかのドレスに豪華なネックレスをつけた海乃美月、髭にスーツの月城かなと。月組の耽美な美形トライアングル(ON・THE・TOWNに耽美という言葉はなさそう)。

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作中で大きな事件や歴史的出来事は起きず、19世紀のロシア貴族社交界を舞台に、アンナ・カレーニナ(海乃美月)とヴィロンスキー伯爵(美弥るりか)の愛の行方を描くもの。下世話に言うと「痴情のもつれ」の”不倫もの”。※エルベは”身分違いもの”。

アンナとヴィロンスキー伯爵、アンナと夫カレーニンの関係を主軸に、コンスタンチン(夢奈瑠音)とキティ(きよら羽龍)の素朴に愛し合った結婚、アリョーシャのライバルの青年将校セルプホフスコイ(英かおと)とナスターシャ(夏風季々)のロシア貴族のセオリーに沿った愛と結婚を対比として描いて、アンナとアリョーシャの愛を浮かび上がらせる。

アレクセイ・ヴィロンスキー伯爵(アリョーシャ)はアンナに激しい熱情を燃やして求愛し、アンナはためらいながらも、若く凛々しい将校が、既婚で子持ちの自分を愛してくれていると、愛に身を投げ出す。

障害物競走の美弥ヴィロンスキー伯爵は、赤いジャケットと白の乗馬ズボンで金髪が映え、同じ服装の男役達を従えて麗しく、美しく、誇り高い。伯爵が落馬し、アンナは半狂乱になって、カレーニンに伯爵への愛を告白する。

そしてアンナと夫カレーニン。この二人の関係がギクシャクし始めるのが、この物語のポイント。婚姻というのは社会制度なので結婚していても、そこに愛が存在するかは別のもの。

カレーニン
「私は愛について語っているのではなく、道徳について語ってるのだ」
アンナ「私は愛について語りたいのです」

正妻とは別に本当の愛人はいるというパターンもあるけれど、カレーニンはそういう意味では厳格で、結婚しているんだから愛はあるに決まっている、それが当たり前だと思っていることに本人は気づいていなくて、それで道徳の話をしてるみたいな感じで、愛に燃え上がっているアンナと見事にすれ違う。カレーニンにしてみれば、アンナも道徳は大事だと考える理性的で堅実な女性だったのに。

月城カレーニンはダンディで優しい紳士で言ってることもまともで、憎悪や嫉妬が見えにくい。生活を根底から揺さぶられ、自らの尊厳と名誉を傷つけられたことからくる負の感情。アンナがアリョーシャを愛するようになるのは、カレーニンが政治の仕事が忙しくてアンナに家や子どもを任せきりにしたためがあるだろうけれど、月城カレーニンは忙しくても穏やかでいそう。カレーニンの何が不満だったの、アンナ。

死の床にあるアンナがあんな立派な人にひどいことをしたわ、謝りたい考えるのももっともで、それを受け入れてアンナを許すのがカレーニンの愛である。

海乃アンナと月城カレーニンの和解で、青い顔をしてアンナの横についている美弥アリョーシャの立場がなくなる。アリョーシャは激情から絶望に走り、拳銃で自殺を図るが未遂に終わる。

アンナはアリョーシャのどこを愛したのだろう。愛するのを止められなかった、というのは。

アリョーシャはアンナのどこを愛したのだろう。なぜそんなに激しい熱情で人妻に近づいていけたのか。

コスチャ(夢奈瑠音)とキティ(きよら羽龍)の素朴な愛が清涼剤のよう。研1(104期)のきよらちゃんの愛らしさと夢奈くんの誠実さがよく似合う。

セルプホフスコイ(英かおと)とナスターシャ(夏風季々)は家同士の認めた婚姻で、セルプホフスコイは出世も家名も約束されている。そのセルプホフスコイが、ヴィロンスキーを羨ましいとさえ思う、愛、とは。

ヴィロンスキー伯爵として舞台に立っている美弥るりかの姿を観ると、満たされていくものを感じるわけです。バウホールは小さいけれど、愛は大きい。千秋楽まで、その愛を追求していってください。大好きだよ、美弥ちゃん。

フィナーレのシンプルな黒燕尾の群舞を率いる美弥るりかが、とてもすてき。海月ちゃんとのデュエットダンスもあります。

(あらすじ)

出世頭の政府役人カレーニン(月城かなと)と結婚したロシア貴族アンナ・カレーニナ(海乃美月)は男の子セリョージャ(蘭世惠翔)を生んで、嫁の義務(後継ぎをもうける)を果たし、あとはカレーニンの貞淑で慎ましい妻として子育てをしながら家を守り、夫を支えていく人生が待つ。真面目で厳格なカレーニンは仕事に勤しみ、高官に出世するが、舞踏会やオペラ、乗馬などの貴族の遊びには興味が乏しい野暮な年上の夫である。

アンナの兄のステパン・オブロンスキー(光月るう)は浮気癖があって、妻のドリィ(楓ゆき)を悩ませており、アンナはその仲裁にモスクワを訪問する。そんなアンナが、友人のヴィロンスキー伯爵夫人(五峰亜季)の息子、見目麗しい貴族の将校ヴロンスキー伯爵(美弥るりか)に出会う。

アレクセイ・ヴィロンスキー伯爵(アリョーシャ)にはアンナの兄嫁ドリィの妹キティ(きよら羽龍)が恋心をいだいており、周囲も2人の婚約を期待している。社交界の人気者のキティは、農園を持つ田舎暮らしのコンスタンチン・レーヴィン(夢奈瑠音)に求愛されるが、断ってしまう。失望したコンスタンチン(コスチャ)は自分の領地に戻る。

ヴィロンスキー伯爵は美しいアンナに恋し、ペテルブルクに戻ったアンナの行く先々を追いかけるように社交界に顔を出す。社交界の要人であるベッツィ・トヴェルスコイ公爵夫人(美穂圭子)はその恋心に理解を示すが、社交界では2人の不倫の噂が公然のものとなっていく。

ヴィロンスキーと出会う前のアンナは、キティの憧れる理想の貴婦人であり、兄嫁ドリィがスティーバとの結婚前にはもっと自由だったと愚痴るのをなだめる賢夫人だった。それなのにヴィロンスキーに舞踏会の最後のマズルカを踊りたいと誘われ、甘さに胸がうずくかせ、激しい思いを抱く。だが神の前でカレーニンとの結婚を誓った身としてヴィロンスキーを心の中で慕うだけだった。

カレーニンは2人の噂を知り、息子セリョージャや家名を盾に取り、アンナを止めようとする。それまでヴィロンスキー伯爵の思いを知りながらも、深い仲になるのを避けてきたアンナにとってカレーニンの疑いと追求は自分の忠実さを踏みにじられたようで、夫婦の決別を引き起こす。