[Zuka] 星組『霧深きエルベのほとり』(5)終~温故創作~

銀英伝@TAKARAZUKAでタカラヅカにハマった私が初めてお茶会というものに参加したところ、お隣の方に聞かれたんですね。「どなたがお好きなの?」。えーっと気になる人はいますけれど、全組を見てないし、よく判ってなくて。「ああ、まだ落ちてないのね」。

「落ちてない」という言葉の衝撃はすごかった。タカラヅカってそういう所なんだねというのと、「落ちる」という体験をしてみたいなと思ったんですよ。実感したのは「この人」をずっと応援しようと思ってFCに入ってからです。

__

その頃の気になる人の一人は、ショー『Étoile de TAKARAZUKA』(作・演出/藤井大介)で、左半身が女性で右半身が男性の双子座-ジェミニなる、マジンガーZのあしゅら男爵ばりの変な役を、一所懸命に熱演する紅ゆずるという、星組の2番手さんでした。藤井先生の愛ってちょっと表現がわかりくい時があると思っているのですが、この時も、えー、この役が2番手さんで良いんだ?というタカラヅカ初心者の私の戸惑いを、アワアワしながらも演じきって吹き飛ばしてくれたのが、紅さんでした。

さてと真面目に書きます。現・星組のトップスター紅ゆずるが演じてきた役は3つの系統に大別される。トップスター就任前で私が観た範囲で分類すると以下のような感じ。

  1. コメディ系:ブルギニョン(めぐり会いは再び)、ムッシュー(太陽王)、アイゼンシュタイン侯爵(こうもり)
  2. 悪役・敵役:ティボルト(ロミジュリ)、テリー・ベネディクト(オーシャンズ11)、ビクトル・デ・アラルコン(黒豹の如く)
  3. 優しく誠実で信念のある人:薛斌(怪盗楚留香外伝-花盗人-)、マルモン(眠れない男)、衣波隼太郎(桜華に舞え)

私は3番目の薛斌やマルモン、衣波隼太郎が特に好きだった。優男だけれど信念があって、たとえ汚名を着せられても耐えて生きていく。今、映像を見てもいい役者だなぁと思う。映像で見た中ではアレクセイ・カレーニン(ANNA KARENINA)もいい。

トップスターに就いてからは役の様相が変わった。宝塚のトップスターであるということは主演をやり続けるということ。主演ということはその人物の考えや行動を描いている物語を生きるということで、主役は単純に分類しきれない複雑性を持つ役(人物)であることが多い。

お披露目のオームに始まり、『スカピン』のパーシー、『ベルリン、わが愛』のテオ、『うたかたの恋』のルドルフ、『ANOTHER WORLD』 の康次郎、サンファンの凜雪鴉。

『霧深きエルベのほとり』でのカール・シュナイダーは、今までの紅ゆずるの蓄積が生かされている、女たらしのひどい奴かと思えば、本気になると純で、働く意思も強く、仲間からは頼られる実のある男。3に近いんだけれど、そう単純でもない。金遣いは荒いし、きっと賭博以外の悪さもしてるんですよ。それがマルギット(綺咲愛里)に出会い、今までの悪さをリセットして、真人間に戻れるということが彼の幸せへの道だったかもしれない。

黒燕尾を着こなして登場した抜群のスタイルのカールを見ると、ちょっと訓練すれば「この家の主人」でもいけるんじゃない?と思う。何が不満なの?お父さんとヨゼフ・シュラック(一樹千尋)に聞きたくなるので、ヒロさんも母ザビーネ役の万里柚美さんも辛いところ。

『霧深きエルベのほとり』に登場するカールとマルギット以外の人たちは、自分が生まれ落ちた枠の中で生きていこうとしている人達ばかり。身分の違い、貧富の差、格式の違い、生活様式の近い、社会経験の違い。そういうものを乗り越えるには周りとは違う努力が必要で、乗り越えるための環境も大事である。

頭の良さで、身分違いの恋に理解を示し、必死で理性を保って誠実に調和を図ろうとするフロリアン(礼真琴)でさえ、カールとマルギットが結婚したら、同じ階層の女性を選び直し、愛して結婚しただろう。それがシュザンヌ(有沙瞳)であることが観ている側にとっても望ましい。だってシュザンヌいいこ。元・婚約者に「お優しいお兄様」とか言ってる女性よりお似合いと思ったり。あ。

革命はマルギットに必要だったのだ。

__

順みつき主演の『霧深きエルベのほとり』を映像で観た時に主役の2人とフロリアン以外に印象が残ったのが、ホテルの主人ホルガー、マルギットの父、ヴェロニカでした。(え、七海ひろきの役どれ?という目で見ていても、これしかなかったので、カールの仲間の水夫を増やすしかないねと思ったらビンゴという感じでした)。

今回はみきちぐさん(美稀千種)がユーモラスで視線の優しいホルガーを演じてくれて、2人が先行きに内心に何か不安を持っていたとしても、励ましになったと思うのです。ビールの泡のような恋を山程見ているであろうホルガーが、マルギットを捜索に来た父ヨゼフ・シュラックとカウフマン警部(天寿光希)から2人を庇う。これが作中で唯一の部外者(赤の他人)からの優しさで、とっても染みる。カウフマン警部と2人の警官(桃堂 純遥斗勇帆)は冷静に誠実に職務を遂行しているので、全然悪役じゃありません。仕事人です仕事人。

ヴェロニカは星組のみで配役を考えてみたときは、万里柚美さんか、はるこちゃん(音波みのり)かと思っていたら、専科から特出の英真なおきさん!男役が女役をすることには演出家の思い描く演技と役柄が、男役にやって欲しい女役であるという意味なのかなぁと思っています。『神々の土地』での寿つかさ演じる皇太后マリアや凛城きらの皇后アレクサンドラのように。

ヴェロニカは水夫だった亭主が海に出たまま帰ってこない、安酒場プルーストの年かさの看板娘。若い女たちを束ねて、教えたり、見守ったりする役目も担っているんでしょう。

英真なおきのヴェロニカは生活の崩れがちょっとあるんですよね。まだまだ自分も女を咲かすと思っていても、先も見えてきて、若者たちのビールの泡のような恋を励ましたり、冷やかしたり、諭したりする。安酒場で酒をあおって酔い、「人生こんなもんさ」と笑う。

そんなヴェロニカに、マルギットの幸せを願って絶叫するカール。私は、ヴェロニカにカールの真の思いが伝わったのは、手切れ金をシュラック家に返して欲しいと預けた時じゃないかと思ったりするんです。どんな金でも金は金。水夫でも酌婦でも「金はないより、あったほうがいい」。それでも金で惚れた女を捨てたと思われたくないし、自分でもそのつもりはないよ、とマルギットに伝えたい。

その手切れ金から、トビアス(七海ひろき)とベディ(水乃ゆり)の結婚祝いのお金や飲み代、エンリコ(紫藤りゅう)への返済をしていたら、シュラック家に返す金は全額ではないんでしょう。

残金をポンとヴェロニカに渡して、船に乗り込む。返したかの確認は航海から帰ってきた遠い先。ヴェロニカが使い込む可能性だってある。けれど手切れ金を持って航海に出ることはカールには不可能だったんだなと。痛々しいまでの愛情。

カールの昔の想い人のアンゼリカ(音波みのり)が、マルギットとカールの結婚報告の騒動を青ざめた顔で一部始終を見て、夫に嘘をついてカールを追いかける。アンゼリカもカールの人となりを知っている。ごめんなさい、カール。そんなアンゼリカの様子を年上の夫ロンバルト(輝咲玲央)が大切に見守る。夫婦には絆ができているのだ。

Once upon a time in Takarazuka『霧深きエルベのほとり』は、古き良き様式美の詰まった物語である。好き嫌いではなくて、その様式美にひたすらひれ伏します。

宝塚歌劇団・小川理事長 トップスターの“条件”語る/芸能/デイリースポーツ online

小川理事長は「100周年から好調が続いている。こんなときだからこそ『温故知新』ではなく『温故創作』で。節目の年なので、110周年に向けて大切な年になる」と語った。現在、宝塚大劇場で上演中の星組公演「霧深きエルベのほとり」も1963年に初演され、今回36年ぶり5回目の上演中。「まさに『温故創作』。トップの紅ゆずるだからこそできた作品」と相好を崩した。

____

★ネタバレ★

「あなたは本当はいい人なのね、今度はいつ帰るの。カール」

順みつき主演の『霧深きエルベのほとり』のラストで、出港したフランクフルト号に乗っているカールを探して、港まで来たマルギット(若葉ひろみ)が言うセリフです。

私もマルギット(綺咲愛里)がカール(紅ゆずる)が航海から帰ってくるのを待っているくらいだと本物だと思うのですが、そこが今回は上田久美子版ですからね。無いです、このセリフ。ラストでフロリアン(礼真琴)が「カール・シュナイダー!!」と叫ぶのを観て、「2人(フロリアンとマルギット)は夫婦になる」ほうかなぁと思ったりする。なにせ上田久美子版ですから!!

夏草や 兵どもが 夢の跡