[Zuka] 雪組『ファントム』~痛みの物語

『ファントム』13日13時SS席と19日13時S席下手で役替わりA日程。13日は友の会がお友達になってくれたSS席でした。生の舞台で『ファントム』を観るのが初めてで、あらすじは予習していたものの、舞台が近くてついストーリーそっちのけでメインキャストをガン見しちゃうので、集中力がいります。

ファントム幕

 

2019年2月11日付で専科へ異動予定のみとさん(梨花ますみ)がフィナーレで銀橋を通られたので、おつかれさまですとお見送りしました。大劇場公演は期間が長くてハードで『ファントム』は年をまたぐし、異動で少し骨休めできるとよいのですが。ここでは、退団のたわしくん(陽向春輝)がみとさんをエスコート。洒落た場面ですね。

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役替わりA日程で、フィリップ・ドゥ・シャンドン伯爵は彩凪 翔、アラン・ショレが朝美 絢です。

配役 出演者
役替わりA 役替わりB
ファントム 望海 風斗
クリスティーヌ・ダーエ 真彩 希帆
ジェラルド・キャリエール 彩風 咲奈
フィリップ・ドゥ・シャンドン伯爵 彩凪 翔 朝美 絢
アラン・ショレ 朝美 絢 彩凪 翔

1910年に発表されたガストン・ルルーによる小説『オペラ座の怪人』を元にしたミュージカル『ファントム』(1991年初演、脚本/アーサー・コピット、作詞・作曲/モーリー・イェストン)を、中村一徳氏が潤色・演出。

冒頭、新たに導入された舞台映像が幻惑的で一気に引き込まれる。色使いがあざやかで、(担当は映像クリエイターのJaijin Chung , 鄭在眞氏)

19世紀後半のパリの街並みにPhantomのタイトル。

日が暮れ、街は夜。セーヌ川の水面に映った月が波でゆれ、ファントムの仮面に形を変えていく。セーヌ川の水流は地下水道に流れ込み、地下道を流れるうちにオペラ座の豪華なシャンデリアが現れ、無数のろうそくが灯されたカタコンベ(地下墓地)にたどり着く。

パリの地下水道というと『レ・ミゼラブル』を思い出すけれど、本作では、巨大な地下墓地(納骨堂)に、オペラ座の怪人=ファントムの棲み家がある。

地下水道の片隅に咲く一輪の白い花。

そして幕が上がり、背景のスクリーンに巨大な白い月が映し出され、舞台中央に置かれた階段に座るファントム(望海風斗)が歌い出す。

”Hear My Tragic Story”(僕の悲劇を聴いてくれ)

その歌声にはただ悲嘆が満ち、耳にした瞬間からエリックの痛みが伝わってきて涙する。この声の持ち主には何があったのか。その痛みは何故か。

エリックに付き従うのは彼の手足となり、彼の意思に反応して動く影のような存在の6人の従者たち(沙月愛奈、笙乃茅桜、鳳華はるな、諏訪さき、眞ノ宮るい、縣千)。

薄暗い地下の闇のなかで白いベールに白いドレスのマリアの影A(朝月希和)たちが舞い踊る。マリアの影A(朝月)が現れるとエリックが笑顔を見せる。子どものように無邪気で明るい。

この序で、私は雪組の『ファントム』は、”オペラ座の怪人”と呼ばれて恐れられた一人の男の痛みの物語であると理解した。

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望海風斗は演じる役の個性や特徴を純化し、表現するのがうまい。特に歌唱による表現は宝塚の中で群を抜いている。エリックは母ベラドーヴァ(朝月希和)には早くに死に別れ、キャリエール(彩風咲奈)の庇護下でオペラ座の地下で成長した。多くの本を読み、ピアノを弾き、歌を歌い、テノール歌手になることを夢見たが、仮面の下の素顔ゆえに到底叶わぬと絶望し、オペラ座の団員が奏でる美しい歌曲を心の糧に生きてきた。

愛されることを忘れ、愛することに飢えていたエリックが出会った天使の歌声と無邪気で素直な感性を持つクリスティーヌ。エリックは、彼を先生と慕い、涼やかに軽やかに伸びやかに歌って、彼に安らぎをもたらすクリスティーヌに傾倒していく。

エリックは美しいものを愛し拠り所とする芸術家でありながらも、地下の存在に気づいてしまった衣装係ジョセフ・ブケー(天月翼)やクリスティーヌ(真彩希帆)を傷つけたカルロッタ(舞咲りん)には容赦ない残酷さを発揮するファントムでもある。

その残酷さというのは彼が唯一存在が許された場所を守るためであり、彼にとっての唯一の歌声を守るためでもあり、彼が密かにクリスティーヌに求める母の面影を守るためでもあった。

”オペラ座の怪人”という存在に彼は望んでなったわけではない。彼は生きるために必要な、ほんのわずかな大切なものを守ろうとしただけである。

だが現実社会で犯罪を犯したものは現実の社会制度のもとで裁かれる。

このエリックの複雑性を望海は純化し、ファントムという怪人の物語ではなく、一人の青年の悲しい生の記録として創り上げた。現実に引き裂かれたエリック、その傷の痛みを歌いながら生きる青年の物語である。

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私が最も感動した場面は、第5場Dオペラ座 舞台(Home)である。真彩クリスティーヌが衣装部屋で舞台で歌う夢を歌うのを聴いた望海エリックが「きっと叶うはずさ、夢は」と呼応する。夢のような天使の歌声を間近にしたエリックの高揚、生きるために癒やしを求め、抱いた痛切な希望と期待。そして自らの正体を思い出した瞬間の絶望。

このエリックの複雑性を歌と全身で瞬時に浮かび上がらせた望海のファントムにかける思いと、その望海に全身で応えようとする真彩希帆の歌唱力の見事さと健気さ。

クリスティーヌも難しい役である。彼女がファントムに望まれたのは天使の歌声ゆえである。だがファントムの授業が成功したのは、彼の正体を詮索せずにただ歌えることを喜びとするクリスティーヌの素直さや無邪気さにエリックが心を許したからであろう。エリックがクリスティーヌを愛するようになるのは当然にも思える。

ポスターを見た当初、クリスティーヌが毒りんごを食べた白雪姫に見えたが、雪組『ファントム』を見て、その謎が解けた気がした。クリスティーヌはあくまで天使の歌声を持つ「純化された」存在であり、現実味を帯びていない。クリスティーヌは仮面を取ったエリックを見て、逃げ出してしまうが、彼女は仮面を取ったエリックに現実のむごさを見たのかもしれない。

そして真彩クリスティーヌの本領はここからだなと思った。

第5場Dオペラ座 舞台(Home)での望海風斗のエリックと真彩希帆のクリスティーヌの対比の見事さが、私にとって雪組『ファントム』の魅力のひとつとなった。

クリスティーヌに毒を持ったのは、白雪姫の母の役割を果たす歌姫カルロッタ。オペラ座のプリマドンナとしてそこそこの力量を持つがファントムの求めるラインには届かない。性格も妬み深く意地悪である。カルロッタも単純化された様式を持つが、これも純化された存在であるクリスティーヌとの対比となる。ベテラン娘役である舞咲りんが、ヘタウマに調整しながら歌唱力を披露し、可愛らしさを残して意地悪な継母ポジションを創り上げている。夫のアラン・ショレの朝美絢は美形をかつらと髭で変貌させ、妻の尻に敷かれる、そこそこ有能だが欲深いおもろい男性像を作って日を追うごとに練り上げていってる。あーさはヒメ様(舞咲)に鍛えられるといいと思いまーす。

エリックを癒やす者には、傷つけた者であるキャリエール(彩風咲奈)にその責を負わすのが正しいのであろう。エリックの庇護者であり、共犯者であり、相談役でもあったであろうキャリエール。1幕ではただ見守るだけだったキャリエールが、2幕でエリックとの関係、彼の生い立ちをクリスティーヌに話し、追われるエリックを助け保護するために動く。罪悪感や責任感をないまぜにしながらも、ここぞというときを見逃さない大人の男性の、ひとつの理想像である。”You Are My Own” を、自立しようとする子を妨げる歌ではなくて、大いなる解放への道筋として歌えますように。咲ちゃんは役に合わせて口調や所作を見直す努力を。男役は声を創り、口調を創りと何種類もの工夫が必要なので、追いつかないこともあると思うけれど、役ごとに違うはず。(癖を自覚して「なんとか節」という個性に持っていくのもありですが)。

オペラ座のオーナーの一人で、プレイボーイのシャンドン伯爵は役替りで、彩凪 翔。クリスティーヌの歌声を聞いて恋に落ち、誠実さを増していく姿が好ましい。ジゴロやプレイボーイを演じることも多いけれど、根が真面目なのでいいんだろうなと思います。劇中での歌は歌詞も聞き取りやすく、うまくなったと思ったけれど、フィナーレのソロいまいちでした。歌いやすさが楽曲によって違うのでそこが歌の課題となりました(進化中)。

(あらすじ)

オペラ座前で楽譜を売るクリスティーヌ・ダーエ(真彩希帆)は、歌うことが何より好きな少女。彼女の澄んだ歌声を聴いた、オペラ座のパトロンの一人であるシャンドン伯爵(彩凪 翔)はクリスティーヌにオペラ座でレッスンを受けて舞台に立つことを勧め、オペラ座の支配人ジェラルド・キャリエール(彩風咲奈)を訪ねるように言う。

ところがオペラ座では当のキャリエールが解任され、新しい支配人アラン・ショレ(朝美 絢)が妻のカルロッタ(舞咲 りん)を伴って着任した。新しいプリマドンナになるカルロッタはオペラ座の経営や演目の決定に介入する気満々。オペラ座に一波乱起きそうなところに訪れたクリスティーナが、楽屋番ジャン・クロード(奏乃はると)の取りなしで、カルロッタの衣装係として雇われる。

カルロッタの歌声は評判が芳しくなく、オペラ座にはカルロッタを出演させるなという怪文書が ”オペラ座の怪人” と呼ばれる正体不明の人物から、大量に届き始める。

”オペラ座の怪人ファントム”の正体は前支配人キャリエールが世話をする、エリック(望海風斗)という青年だった。彼は6人の従者とともにオペラ座の地下に住んでいた。類まれな音楽の才能を持つエリックは、オペラ座の音楽が劣化していくことに苛立ちを隠せなかった。そのエリックの耳に、衣装部屋で衣装を縫いながら歌うクリスティーヌの澄んだ声が届く。