『博士の愛した数式』を映画化(オフィシャルサイト)。
原作とついつい比較しながら見てしまった。原作は、家政婦である「私」視点だが、映画では「私」の息子(ルート:√)が中学校の生徒たちに博士の思い出を語るという形式をとっている。ただ、基本的に博士と「私」とルートの友愛を描く優しい物語であることには変わりない。
いくつか原作と変更点があって(映画を2時間枠に収めるためだろう)、原作の重要なエピソードの内容が変更されている。だもんで、ただでさえ静謐で波乱のないストーリーなのに、もっと地味な話になってしまった。しかし、映画の背景となる自然風景(長野県→ロケの様子)はとても美しい。映像化の醍醐味だ。
原作では深く突っ込んでなかったが、なぜ博士が子どもだというだけで無条件に愛情を注ぐのか、なぜ母屋の未亡人(博士の義理の姉)が「私」に怒りをぶつけたときに博士が数式一つでその怒りを収めることができたのか、その辺りを未亡人の出番を原作より増やしてわざわざ理由を説明させている。なんか、その気遣い(?)はいらないんじゃないかなぁ。博士(寺尾聡)と「私」(深津絵里)、ルート(斎藤隆成)の懸命さと爽やかさから、未亡人(浅丘ルリ子)だけが浮いているんだよ。なんであんなに浮いているのかを考えると、浅丘ルリ子の濃さ(化粧とか存在感とか)のせいもあるけど、未亡人だけが過去に生きているからだ。80分しか記憶のもたない博士でさえ、現在と未来を生きているのに、未亡人だけが過去に生きている。過去に拘り、過去を捨てきれない。その辺りが、映画ではすごいくっきり出ている。だから、未亡人だけやたら浮いているし、話が「博士と私とルートの話」と「未亡人と博士の過去」の2つに分かれてしまっている。原作通り、未亡人をあんまり表に出さず、博士と「私」とルートの友愛と現在と未来に絞ったほうが、もっとすっきりした気がする。
そうそう、中学校の数学教師になったルート(吉岡秀隆)の数学の話は面白くて、ああいう数学の先生がいれば、もっと数学好きになったかなぁと思ったよ。
- 監督 :小泉堯史
- 原作:小川洋子
- 出演 :寺尾聰、深津絵里、齋藤隆成、吉岡秀隆、浅丘ルリ子