[movie] 『風立ちぬ』

遅ればせながら、宮崎駿が原作・脚本・監督を担当した『風立ちぬ』(スタジオジブリ)を観た。賛否両論で、意見が激しく別れているという評判の作品で、『コクリコ坂から』(企画・脚本:宮崎駿、監督:宮崎吾郎)【→感想】が全く合わなかったため、本作品も、合うかなぁ、2時間耐えられるかなぁと不安を感じつつ、観た。

そして、見終わった後の感想。

「宮崎駿カントクが解脱しちゃった」

なんかね、すごかった。物語の質としては、宮崎駿監督作品の中でも、傑作のひとつに挙げたい。ストーリーは、 【公式ウェブサイト】の企画書(2011.1.10 宮崎駿)に簡潔に記されている。 

この映画は実在した堀越二郎と同時代に生きた文学者堀辰雄をごちゃまぜにして、ひとりの主人公“二郎”に仕立てている。後に神話と化したゼロ戦の誕生をたて糸に、青年技師二郎と美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れを横糸に、カプローニおじさんが時空を超えた彩どりをそえて、完全なフィクションとして1930年代の青春を描く、異色の作品である。

『風立ちぬ』は、宮崎駿が、「子ども達のために」とか、「日本人のために」とかいう建前をかなぐり捨てて、自分のために、正直に描きたいことを描いた作品だと思う。宮崎駿の、宮崎駿による宮崎駿自身のための映画だ。この作品で、宮崎駿は、物づくりへの熱狂を徹底的に描いている。その徹底ぶりは、いままでの宮崎駿の世界観や反戦思想の描き方とは比べものにならないくらい、すごい。

ただ、個人的な嗜好で言うと、「好き」だが、もう一度観たいかというと、悩む。断言できるのは、残酷なほど「美しい」映画である、ということ。この「美しさ」は、描きたいことだけに絞り込み、徹底して時代背景や作中で起きた出来事の説明をばっさり切り、個人と個人の繋がりを、行動と情景だけで描き出したという、潔さにある。

公式ウェブサイト】の企画書には以下のように述べられている。

自分の夢に忠実にまっすぐ進んだ人物を描きたいのである。夢は狂気をはらむ、その毒もかくしてはならない。美しすぎるものへの憬れは、人生の罠でもある。美に傾く代償は少くない。二郎はズタズタにひきさかれ、挫折し、設計者人生をたちきられる。それにもかかわらず、二郎は独創性と才能においてもっとも抜きんでていた人間である。それを描こうというのである。

主人公の二郎は、美しい飛行機を造りたいと「美しすぎるものに憬れ」、その憧れを実現させるために、妻の菜穂子を看取ることもできず、最後は、”国を滅ぼして”、「美に傾く代償」を支払う。

映画の前半は、二郎の飛行機作りにかける夢と情熱を描くことに費やされている。二郎はたびたび、イタリアの飛行機設計家であるカプローニ伯爵と邂逅する夢を見る。カプローニ伯爵は、青い空と草原が広がる夢の中で、二郎を飛行船に誘う。舞い上がる風を受けて、ふうわりと飛翔する飛行機。その羽根の上を歩きながら、飛行機作りについて語り合うカプローニ伯爵と二郎の姿は、美しい「夢」である。

二郎は、航空研究所のある東京の大学に入学し、関東大震災で被災するが、そんな時でも、彼はサバの骨を見て、飛行機の美しい曲線を連想し、計算尺を肌身離さず持ち歩き、ひたすら美しい飛行機の設計図を描き続ける。

後半は徐々に「夢」から「現実」へと移行する

  • 当時の世界情勢:1934年3月、関東軍(大日本帝国軍)は中華民国の一部であった満洲全土を占領し、満州国を建国。8月にはドイツでヒトラーが大統領選に当選し、独裁が始まる。1937年7月7日盧溝橋事件が起き、日中戦争が勃発、11月には日独伊防共協定が締結される。
  • 1930年代は、大日本帝国全体がイケイケの気勢を上げ、女性には参政権がない時代である。

二郎が設計主務者を務めた七試艦上戦闘機は、軍に採用されず試作のみで終わる。休暇で宿泊した軽井沢のホテルでは、カストルプというドイツ人から、「日本はチャイナと戦争したり、満州国を造ったり、国際連盟から抜けたり、すべて忘れる。破裂する。ドイツも破裂する」との言葉をささやかれる。現実を振り払うように、二郎は軽井沢で再会した菜穂子と恋に落ち、プロポーズする。そこで菜穂子は自分の母が結核で亡くなり、自分自身も感染していることを告白する。当時、結核は、罹ったら助からない病気=死病だった。

  • 「結核の統計」資料編】の2011年表3を見ると、1930年(昭和5年)の人口10万あたりの死亡率は185.6、1936年(昭和11年)には207である。ちなみに平成22年の死亡原因第一位は悪性新生物(ガン)で人口10万あたりの死亡率は279.6。【→平成22年人口動態統計の概況】。 

その後、菜穂子は高原のサナトリウムを抜け出し、二郎と急ごしらえの結婚式を挙げる。もはや彼女は自分の死が間近に迫っていることを自覚している。二郎もまた、妻の菜穂子の死期が近いことを知っている。特高警察に目を付けられた二郎は、上司から「会社の役に立つ限りは、会社は全力で君を守る」と言われ、仕事を辞めることは出来ない。二郎は、結核の感染リスクを承知の上で、菜穂子と暮らすことを選ぶ。菜穂子もまた、新型戦闘機の開発に没頭する二郎が多忙を極めることを知りつつ、二郎をそばで見守ることを選ぶ。

二郎も菜穂子も、その時々で、自分の出来ることに、力を尽くした。やり切ったと思う。二人とも力を尽くした結果を敢然と受け入れ、菜穂子は「美しい思い出」になり、二郎は1人で生きることを選ぶ。

物語としては、完成度は非常に高い。二郎も菜穂子も、浮き世離れしてリアリティがない所も含めて、残酷なほど「美しい」映画だった。

どうしたんだ、宮崎監督。まだ創り続ける気ですか…。(吾朗監督にチャンスをあげてよー)。

  • スタッフ
原作・脚本・監督
宮崎駿
プロデューサー
鈴木敏夫
製作担当
奥田誠治
福山亮一
藤巻直哉
  • キャスト
堀越二郎 
庵野秀明
里見菜穂子
瀧本美織
本庄
西島秀俊
黒川
西村雅彦
カストルプ
スティーブン・アルパート
カプローニ
野村萬斎

(こっそり)兵器の性能を知り尽くした人は、どのくらいの殺傷能力があって、戦争でどのくらい人が無残に死んでいるか理解しているわけだから、反戦思想に傾いても不思議ではないと思った鑑賞後。