[Stage][OG] 大地真央『ローズのジレンマ』@新歌舞伎座

Rose’s dilemma 『ローズのジレンマ』@新歌舞伎座

 

『ローズのジレンマ』は、ニール・サイモンの脚本、大地真央さん、神田沙也加さん、村井良大さん、別所哲也さんというキャスティングを知ったときから観たいと思っていた作品です。

東京では『RENT』、『IF/THEN(イフ/ゼン)』が続けて中止となったシアタークリエでの上演( 2021年2月6日(土)~2月25日(木))でした。無事に大阪に来てね、と思っていたので、新歌舞伎座で観劇できて嬉しかったです。

インタビュー記事などから察するに、きめ細かく厳重な感染予防対策が取られていた様子で、関係各位の苦労が忍ばれますね。愛知での大千秋楽(3月3日)が無事に迎えられましたことお祝い申し上げます。


含みが複雑で深い『ローズのジレンマ』

ニール・サイモンの戯曲を元にした、昨年の『おかしな二人』(The Odd Couple)に続く、『ローズのジレンマ』(Rose’s dilemma)

作品執筆時のニール・サイモンの心境を反映しているのだろう、働き盛りで上り坂の30代の作品である『おかしな二人』と人生の終わりを意識した70代の作品『ローズのジレンマ』は趣きが異なっている。

『おかしな二人』は、ニール・サイモンが38歳のときの出世作だ。1965年にブロードウェイで上演されて好評を博し、1968年に映画化もされた。そして1985年に発表されたのが、昨年舞台化された『おかしな二人・女性版』である。

『ローズのジレンマ』が、2003年にオフ・ブロードウェイで初演されたとき、ニール・サイモンは76歳の老境に入っていた。それゆえか、『ローズのジレンマ』は含みが複雑で深みがあり、解釈が難しい。けれど、人生を軽やかに切り開くためのインスピレーションを与えてくれる舞台だった。ニール・サイモンの戯曲を翻訳し演出した小山ゆうなの手腕も光っていた。


[あらすじ]

ピューリッツァー賞を2回受賞した著名な作家、ローズ・シュタイナー(大地真央)は、5年前に恋人のウォルシュ・マクラーレン(別所哲也)を亡くしてからスランプに陥り、新しい作品を生み出す気力を失っていた。ローズと同居する助手のアーリーン・モス(神田沙也加)は、ローズの浪費癖をたしなめ、新しい作品を書くよう説得を繰り返していた。だがローズは亡くなったウォルシュの幽霊と毎夜語らい、アーリーンの言葉に耳を貸そうとしない。アーリーンにはウォルシュは見えないが、ローズには見えている。人気作家だったウォルシュはローズのよき相談相手であり、最大の理解者だったのだ。

舞台はローズの住まいに限定され、4人の登場人物の会話だけで物語が進展していく会話劇であり、ワンシュチュエーション・コメディである。1幕前半では、テンポよく端切れの良い会話が矢継ぎ早に交わされ、ローズを取り巻く状況が明らかにされていく。

ローズは家の中を花で埋め尽くし、ハイセンスのドレスに身を包んで、余人には見えないウォルシュと日々を過ごす。

その彼女の経済状況を知るアーリーンには焦燥も生まれていた。そこで幽霊であるウォルシュは、ローズに、ウォルシュの突然の死によって未完になっている小説「メキシカン・スタンドオフ」を完結させ、印税を稼ぐように提案する。

ウォルシュは、無名の作家ギャヴィン・クランシー(村井良大)を執筆担当として指名する。クランシーはペーパーバックを1冊出しているだけだが、ウォルシュはセンスがあるという。ウォルシュは自分は2週間以内に消えるので、本も2週間以内に仕上げるように告げる。

ウォルシュの言葉を信じたローズは、出版社経由でクランシーを自宅に招き、ウォルシュ・マクラーレンの未完の遺作を完成させたいと話をもちかける。

クランシーはウォルシュの遺作を完成させるのに、なぜ自分を選んだのか、やさぐれている自分でいいのか疑問に思い、ローズのジレンマに踏み込んでくる。アーリーンは、ローズと幽霊ウォルシュの語らいを黙認しているが、クランシーは違うのだ。ローズはクランシーとの共同作業を我慢できなくなり、執筆作業は中断する。

そして2週間経っていないのにウォルシュは消えた。


1幕は上質のコメディ

ローズはウォルシュと愛を語らい、ウォルシュと思い出にひたる。アーリーンとクランシーにウォルシュは見えないし、ウォルシュの声は聞こえない。その間合いの食い違いから生み出されるユーモラスな笑い。

またニール・サイモンの会話劇は膨大なセリフ量だが、なめらかな滑舌でのリズミカルな掛け合いがセリフの多さを感じさせず、アクセントの置き方ひとつで笑いを生み出す。大地と神田の歯切れの良さ、別所と村井の巧緻な台詞回しが堪能できる。1幕は上質のコメディだった。

1幕が終わり、幕間。私は黒柳徹子主演の日本での初演(2004年)と再演(2008年)を観ていないので、2幕では、すったもんだの挙げ句に「メキシカン・スタンドオフ」の出版に成功してハッピーエンドになるのかと想像した。

だがそうすると1幕終わりの大地演じるローズに感じた違和感はなんだったのかとも思った。クランシーに怒り、「メキシカン・スタンドオフ」の執筆を中断させるローズに感じる違和感。2幕で、その違和感の正体がわかった。ローズのジレンマ、ローズのイラつき、ローズの葛藤だ。

未完の遺作を完成させると幽霊のウォルシュは消えてしまう。

ペーパーバック1冊のみの売れない作家でやさぐれた青年のクランシーは実はウォルシュ・マクラーレンの全作品を読破している熱烈なファンだった。彼はローズとウォルシュの関係に理解を示し、アーリーンにある試みを話す。

クランシーに惹かれるアーリーンは、ローズの娘であることを告白する。ローズの助手で物書きの弟子と言っていた時のアーリーンの誇らしげな表情には、「私のママよ」という含みがあったのだ。

そこにウォルシュが消えてしまい、意気消沈したローズが現れる。

最愛の人を亡くした悲嘆からライターズ・ブロックに陥り、執筆できずに5年。幽霊と愛を語り、ファッショナブルでゴージャスな生活スタイルを崩さなかったローズの赤裸々な今の姿。

アーリーンはそんなローズとハグをして、ある告白をする。


2幕はハッピーエンド

本作ではローズ、アーリーン、クランシー、ウォルシュの4人が次々と自己の実像を取り戻していくのが、見事で見応えがあった。

ローズとアーリーンの生活は、身動きのとれない「メキシカン・スタンドオフ=こう着状態」であった。そこにウォルシュの提案で、クランシーという闖入者が現れ、こう着状態に揺さぶりをかける。

ウォルシュは亡霊なのだが、その正体は明確ではない。ウォルシュは、ローズの妄想なのか、本物の幽霊なのか。自己を取り戻せとこう着状態に揺さぶりをかけたのはローズなのか、ウォルシュなのか。

ラストでローズはウォルシュを選び、アーリーンはクランシーと結ばれる。


愛と幸せの人生の成功物語

人生の成功物語ならば、ローズはウォルシュの遺作を出版して、彼女が元いた世界に戻り、勝ち組として華々しく歌い上げるものなのかもしれない。だが結末はそうならなかった。そのためか、オフ・ブロードウェイ初演時のバラエティ紙の劇評では、お堅くてセンチメンタルなコメディと不評だったようだ。

けれど2021年の今、日本で見ると、心の澱を浄化してくれる、愛と幸せの人生の成功物語だった。最後にミニレビューがついていて、大地と別所のThe Lady Is a Tramp、神田のTrue Colorsが聞けて嬉しかった。

この物語の軽やかさは大地と神田の、仲の良さと敬愛が成立している組み合わせによるところも大きい。ローズとアーリーンの姿を哀れにも惨めにも思わずに幸せを予感して観ていられる。ツボを突きすぎのキャスティングだった。

また村井演じる、やさぐれて悪ぶって見えるが、実像は誠実で実直というクランシーが硬直した関係を解きほぐしていくのに功を奏していた。ペーパーバック1冊でクランシーを選んだローズとウォルシュは必要なものがわかっている人たちなのだろうと思えた。

幽霊ウォルシュは別所の演じぶりが絶妙だった。ガウン姿のときはどこか、おどけと洒落っ気があり、ローズに突き動かされているようにも見えるが、そこは含みとして演じている。死後の美しいローズと並び立ったダンディでエレンガントなスーツ姿は、ウォルシュが人気作家ウォルシュ・マクラーレンとして生存していた時の姿だなと瞬時に理解できた。規制退場のアナウンスも絶妙。とても気の利いたアナウンスでした。

ニール・サイモンの戯曲は版権が厳しいようで、宝塚歌劇で上演した『おかしな二人』、『第二章』は映像化されずタカラヅカ・スカイ・ステージでも放送されないんですよね。舞台を見に行きたいと思います。

大地真央さんの衣装もとても素敵だった。


『ローズのジレンマ』公式ホームページ

東京:2021年2月6日(土)~2月25日(木) シアタークリエ
大阪:2021年2月27日(土)~3月1日(月) 新歌舞伎座
愛知:2021年3月3日(水) 刈谷市総合文化センター アイリス

[出演]

大地真央、神田沙也加、村井良大、別所哲也

[スタッフ]

作/ニール・サイモン
翻訳・演出/小山ゆうな
美術/乘峯雅寛
照明/日下靖順
音響/尾崎弘征
編曲/国広和毅
映像/上田大樹
衣裳/半田悦子
ヘアメイク/嶋田ちあき(大地)・林 みゆき(スタジオAD)
演出助手/落石明憲
舞台監督/宇佐美雅人
制作助手/大原朱音
制作/中村真由美
アシスタントプロデューサー/柴原 愛
プロデューサー/仁平知世
宣伝美術/鈴木利幸・川岸涼子(united lounge tokyo)
撮影/下村一喜
宣伝衣裳/野田 晶