梅田芸術劇場メインホールに入ってチケットを切ってもらい、2階に上がると、人だかりが出来ていて、パリ市民が演奏しながら、靴磨き希望者を募っていました。
客席に入ると、パリ市民がパンフレットを売っている。
キャストの方は滑舌が良くて、快活に話すから、いつもの客席案内係の人たちと違うのはすぐに判ります。いつもの客席案内係の人たちも梅芸の制服ではなくて、ファントムのオペラ座の制服を着てます。
開演前のアナウンスはルドゥ警部(神尾 佑)。「パリ警察は皆様の安全をお守りします」。はーい。どうやら観客もパリ市民という扱いらしいです。開演前から客席を巻き込む演出も幕が上がる期待が高まる。
今作ではクリスティーヌやシャンドン伯爵が客席の扉から登場する客席登場や客席降り、客席での芝居が何回も盛り込まれて、そのたびに客席が華やぎました。
2019年2月まで宝塚歌劇では雪組『ファントム』(潤色・演出/中村 一徳)を上演しており、同じ年に同じ脚本と楽曲で『ファントム』を上演するというのは、ものすごい挑戦だと思います。演出の城田優先生の工夫が随所に見て取れて、その個性の尖りぶりを感じました。私は望海風斗・真彩希帆の雪組『ファントム』が大好きなのですが、年内にその対比とも言える城田版『ファントム』を見ることが出来たのは本当に幸運でした。
「お顔を見てしまったのです!」
クリスティーヌ(愛希れいか)は目にした瞬間に、ショックで金縛りにあったように動けなくなり、顔を引きつらせながら後ずさって、逃げ去ってしまう。
ファントム(城田優)の右側の容貌とはどんな顔なのか。原作『オペラ座の怪人』では、鼻がないとか「どくろみたい」とか書かれていて、舞台とは異なる容貌のよう。
写真は宝塚の殿堂で展示されていた赤ん坊のエリック(人形)。赤ん坊の頃からケロイド状のかさぶたが顔の右半分を覆っている。城田ファントムも最後にクリスティーヌが仮面を外した時に顔がちらりと見えましたが、ケロイド状のかさぶたが乗っている様子。仮面をつけると右目が見えているので、両目は見えているのではと推察。
クリスティーヌは、ファントムから「ばれると騒ぎになる」から名前も教えられず顔も見せられないと言われ、キャリエール(岡田浩暉)から「顔を見てはいけない」と言われる。けれど美しいのか醜いのか、マスクの下の顔に何があるのか、そういう予備知識は与えられていない。
1900年初頭、田舎から出てきた素朴で素直な若い女性には、「ふためと見られぬ」というものの知識や経験がないのも無理からぬ、と観劇後にじっくり考えてみたりする。←観劇中はファントム寄りのスタンスになってる。
城田ファントムは宝塚版のスマートでおしゃれで理知的な青年ファントムとは様相を異にする。キャリエールに向かって駄々をこね、なじり、怒鳴り散らす。見ていてると引きつけ発作でも起こすのではという不安にかられるくらい。吃音もあり、現代から見れば何らかの先天的な脳の障害か、メンタリティの疾患を抱えている印象を受ける。そうでないにしてもオペラ座の地下でキャリエール1人に守られて育ち、社交性を身に付けてなくて当然かと思えるエリック像。
顔の傷は、エリックストーリー”The Story of Erick”で母のベラドーヴァ(愛希れいか/2役)が飲んだ薬草が関係していることが示唆されるが、その因果はよくわからない。
少年エリック(大前優樹)が水面に映る自分の顔を見て慄いたというエピソードは彼が母とキャリエールくらいしかいない世界で育っても、一般的な美醜の判別がつくことを物語っている。
その時からエリックはキャリエールに庇護されてオペラ座の地下で成長した。暗闇の中で、母の声を思い出しながらオペラ座の歌声をよすがに彼は生きてきたのだ。
ファントム(エリック)とクリスティーヌの間の温度差というのは、クリスティーヌや観客が思っていた以上に大きかった。
城田ファントムは顔を見て逃げたクリスティーヌを殺して自分のものにする決意を歌う。
望海エリックは、クリスティーヌを理解して許そうとする。
城田版と雪組版はそんな印象でしたね。
「全員、オペラ座から避難させてください」
ファントム(城田優)が『タイターニア』の上演中に声が出なくなったクリスティーヌ(愛希れいか)を連れて地下に姿を消した。それを知った、元支配人のキャリエール(岡田浩暉)がルドゥ警部(神尾佑)にオペラ座から人を避難させろと依頼する。
雪組版でこのセリフを聞くたびに、私は「エリック(望海風斗)はそんなに凶暴ですか?衣装係が一人死んでいるけれど、映画のように開演中にシャンデリアを落としたりしていないし、全員を避難させるほど危険??」と思ってました。
そしたら城田ファントムで判りました。
ファントムは、『タイターニア』上演中の劇場の照明を消し、キャスト全員を気絶させてクリスティーヌを連れ去ってしまう。この時は客席の照明も消えて全て真っ暗闇。やばい、やつは電気系統を把握してる。
警官に追われる時も階段で花火状の火の手が上がり、ファントムが爆発物を仕掛けている疑いもありました。城田ファントムが、カルロッタ(エリアンナ)に向かって「僕のオペラ座」と言うのは誇張ではなくオペラ座はファントムが隅々まで把握している場所(Home)。元オペラ座の支配人のキャリエールでさえ、エリック(ファントム)が何をしでかすか判らない、危険だと思うのも無理からぬ。
そして城田ファントムはカルロッタを滅多刺しにして殺し、幕切れまで遺体は発見されなかった。城田版『ファントム』において、エリックはオペラ座の地下に巣食う怪人ファントムとして生きている。
ファントムは最後に天井から吊り下がっているところをキャリエールに撃たれて落ちる。オペラ座の怪人の死は、オペラ座にとっても大いなる衝撃であり、打撃となる。オペラ座の象徴である豪奢なシャンデリアの落下のように。
そんな感じもしました。
宝塚版『ファントム』でもエリックはシャンデリアくらい落としてもいいんじゃないかと思います、うん。
You are Music.
城田ファントムが愛希クリスティーヌに、これを読むと僕が判ると、渡したのがウィリアム・ブレイクの詩集です。
クリスティーヌは、”The Little Black Boy” の「My mother bore me in the southern wild, 母は僕を南の荒野で生んだ」と読み始め、「I am black, but O! my soul is white, 僕は闇に生きるしかない」というくだりで、仮面をつけたファントムの顔を見つめるのです。
(宝塚版は「闇に生きる僕だが 魂は輝いた」ですが、城田版は「僕は闇に生きるしかない」だったと思います(ニュアンス))。
クリスティーヌはファントムの地下の庭で、歌を歌ったら私の願いを叶えてくれるかと尋ねる。それに対してエリック(ファントム)は「歌は愛や喜びのために歌うもので、得するためじゃないよ」と返す。困ったように返事する城田ファントムは感受性の強い青年エリックの顔をしていました。
クリスティーヌはそんなエリックに「お顔を見せてください」と頼むのです。
私は城田エリック(ファントム)がピアノを弾きながら、愛希クリスティーヌと、あなたこそ音楽” You are Music.”を歌う場面が好きでした。
「ブレスを大切に」と歌うエリック(ファントム)に、クリスティーヌは微かにはにかみながら、「寄せては返す波のように」と続ける。
クリスティーヌにレッスンをしている時は、ファントムは音楽を愛してやまない青年エリック。「名前の知れた歌手」だから「バレると騒ぎになる」。そう言って、衣装部屋で働くクリスティーヌの歌を聞いただけで、仮面を付け、名前を名乗ることもせず、レッスンを続けてくれる「先生」。彼の心が白いことを愛希クリスティーヌは知り、密かに慕っている。
ピンクのドレスを着て、” You are Music.”を歌う愛希クリスティーヌがほわほわ頬を染めて、恋する女性の華やぎを醸し出し、めっちゃ可愛かった!!
クリスティーヌは、シャンドン伯爵の恋のアプローチを受けると、最初は歌の出来栄えで答えて相手にしていなかった。愛希クリスティーヌは引け目に感じていなくても自分の身分や出自をわきまえていて、恋心は自分から言い出さない。でも伯爵から口説かれたら、だんだん軟化していく。そんな心の動きが伝わってくる愛希クリスティーヌでした。
2役のエリックの母であるベラドーヴァで踊るダンスも圧巻。ダンサー愛希れいかを久しぶりに見れて嬉しかった。
雪組版のクリスティーヌ(真彩希帆)は気高くて「先生」に言われたように歌一筋。シャンドン伯爵(彩凪翔・朝美絢のWキャスト)には、オペラ座で主役を歌うの、優しいあなたに見守られて歌いたいだけ。シャンドン伯爵がちょっと可哀想になりました。
城田版ではカルロッタ(エリアンナ)とアラン・ショレ(エハラマサヒロ)が面白くて、特にカルロッタのソロ私のもの”This Place Is Mine”は怪演でした。ジャン・クロードが女性(佐藤玲)だったのも興味深かった。