[Zuka] 星組『霧深きエルベのほとり』(2)古き良き時代

星組公演『霧深きエルベのほとり』のパンフレットに、菊田一夫先生の作者のことばが掲載されていました。ドイツの港町ハンブルクに訪れた時に読んだ新聞の三面記事にインスピレーションを得て『霧深きエルベのほとり』(1963年初演)を書かれたのだとか。なるほど。その記事はというと。

『何某家の令嬢と、船員あがりの某君が恋におち、ついに彼等は親の反対を説き伏せ、芽出度く結婚したことが、ハンブルク市社交界の話題になっている』

現実はハッピーエンドか!!フィクションは事実より厳しい!!

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星組公演版『霧深きエルベのほとり』を観て、いろんな思いが泡のように浮かんで、まとまらず、書き出すとどんどん増えていって無理くり書いた。あくまで個人の感想です(キリッ。

Once upon a time in Takarazuka~古き良き時代に創られた『霧深きエルベのほとり』の主人公である水夫カール・シュナイダー(紅ゆずる)は「古き良き男性像」のひとつで、無頼で無骨な優しさを見せながら、マルギット(綺咲愛里)を守る、苦労はさせないという強い意思を貫いていく。だがその意思は、マルギット本人の意思にそぐわず、カール自身が彼女を傷つけてしまうことになった(縁切り)。

このカールの行為は、現代では強い者が弱者の利益のためだとして、本人の意思は問わずに干渉し、本人の代理として意思決定を行ってしまうという ”パターナリズム(父権主義)” 的であり、当事者無視という批判の対象になりがちではある。

だが、古き良き時代には、パターナリズム(父権主義)に基づいて、父たる男性が家長として家族を守るという家父長制度が、理想の家族形態として機能していた事実も確かにあるのだ。つまり本作での「古き良き男性像」というのはカールだけではなく、ヨゼフ・シュラック(一樹 千尋)のことでもある。

カールはマルギットの父親であるヨゼフ・シュラックの許しなくして結婚は成り立たないと決意するが、これは個人的には、カールにとってヨゼフ・シュラックとは身分の違いという対立よりも、家父長(男)同士の対立というほうが比重が大きかったのかなと考えたりする。つまり男としてマルギットを真に守れるのはどちらか、という。そして金の力に負けたといえばその通りだ。金はないよりあったほうがいい。

「身分の違い」と一言でも何が違ってくるのかを単純に考えると、名誉(称号)と資産(財力)。これらを持てる者と持たざる者である。2つとも持つ者、名誉はあっても金はない者、金はあっても名誉はない者と大別されるけれど、マルギットのような女性たちを守るために資産は重要なのだ。

上田久美子がパンフレットに「ヒロインのマルギットは、無邪気で優しい愚かさも女性のひとつの優美とされた時代の人物像です」と書いているように、マルギットやシュザンヌ(有沙瞳)、ザビーネ(万里柚美)というシュラック家の女性達は、そのような時代の上流階級の典型的な女性像として描かれる。家長の命に従い、跡継ぎを生み育て、家を守っていく娘(女性)として育てられ、美しく優しく優美に、しかし手に職という考えからは程遠く生きている。

ヨゼフの後妻ザビーネや長女マルギット、次女シュザンヌはシュラック家の女として、家長である父ヨゼフの尽力によって守られて来た。それが上流階級の女性の鑑であるという古き良き、美しい時代が確かにあったのだ。

そしてマルギットの幼馴染であり、婚約者のフロリアン・ザイデル(礼真琴)は新しい時代の先駆者として描かれる。人は平等であり、職業に貴賎はなく、教育と本人の努力で身分の違いは超えられると考えている。頭でそう考え、マルギットの幸せを図ろうとするフロリアンの誠実さと欺瞞に立ち向かう礼真琴がなかなか素晴らしくて東宝千秋楽の仕上がりが楽しみなのです。欺瞞というのは恋敵がべらんめいで礼儀作法もわきまえず場の空気も読めない男というのは嘲笑ってもいいところだけれど(これはエドガー:漣レイラの役割として描かれる)、フロリアンは欺瞞程度に抑える。つまりフロリアンもカールに感じるところがあって、マルギットとの仲を認めざるを得ないと思ったわけでしょう。カールはそれくらいのレベルの「古き良き男性像」であるという描き方は、『霧深きエルベのほとり』の白眉だと思うし、紅ゆずるが正攻法で体当たりでカールに挑んでいる姿に敬意を表していて、さすが星組のトップスターだと嬉しくて(煽ってない)。

マルギットを見ても、カールの昔の想い人であるアンゼリカ(音波みのり)を見ても、カールの好みのタイプがわかろうというもので(しとやか可愛い美人で男を立てて尽くす女なんでしょ)、ちったぁ女性側にも合わせろとは思ったりもするのだけれど。古き良き男たちよ。

それから私は今回、加筆された水夫達のエピソードが好きで、カール・シュナイダーという人の背景を浮かび上がらせると同時に水夫たちの生き方を描き出して、物語に深みと広がりを持たせていると思っているが、続く。

一言でいうとトビアスさん(七海ひろき)に萌えているわけです。好き。