[book] 食べる人類誌

『食べる人類誌―火の発見からファーストフードの蔓延まで』(フェリペ・フェルナンデス=アルメスト 早川書房)文庫落ちを再読【2003年9月感想】。すっかり内容を忘れていた。

本書は著者が、食べ物の歴史上で起きた大きな変化を「食べ物の革命」と定義し、人類史に影響を与えた出来事として食べ物の8つの革命について、それぞれ論考したものである。解説は、小泉武夫(東京農業大学名誉教授)で、著者フェリペ フェルナンデス=アルメストは、英国の歴史家で、人類の文明史を専門とすると紹介している。

第一の革命は「調理の発明」であり、次の革命は、食べ物は生命を維持するという役割に加え、「儀式と魔術の対象になりうる」という概念の発見である。

第三の革命「牧畜革命」と第四の革命「食べるための植物の管理」では、自然の恵みとして採取していた食べ物が人工的に生産する物へと進んだ過程を、第五の革命「不平等と高級料理の出現」と第六の革命「遠隔地貿易と文化交流」では、食べ物が社会分化の手段や指標として使われるようになったことを取り上げる。

第七の革命は「食べ物と生態系の交換」であり、いわゆるコロンブス交換における食べ物と生態系の変化に言及する。
第八番目、現在の直近の革命として、近代から現代にかけての食べ物の大量生産・工業化「食べ物と産業化」を描き、「食の歴史の次の革命の役割は、最後の革命をくつがえすことだろう」と結ぶ。

巻末には、章ごとの膨大な量の原注(参考・引用文献)がついており、1章分で一冊分の本が書けそうなのだが、コンパクトにまとめてある。ユニークなのは、「第二章食べることの意味ー儀式と魔術としての食べ物」である。書き出しはカニバリズムから始まる。

それは公式に認められた。食人種-人肉を食べる人間-は実在したのだ。長いあいだまことしやかに語られ、伝聞に支えられてきた食人種の存在が、事実として報告された。コロンブスの二度目の大西洋横断に同行した乗船員のほぼ全員が目撃したと証言しているのだから、議論の余地はなかった。(59p.)

16世紀頃の西欧キリスト教圏において、西インド諸島に住むインディオ・カリブ族は人肉を食べると信じられており、カニバル(人食い人種)とカリビアン(カリブ海)はどちらもカリブ族に由来しているという。著者はカニバリズムに関する歴史や事例を調べ、カニバリズムは何のためか、という目的について検討を始める。

カニバリズムは栄養摂取-人にタンパク質を供給するための摂食習慣-の歴史に属するものか、それとも食べ物の歴史に属するもの-食事のためではなくその意味のためにおこなわれる儀式であり、身体的な効果以上のものをねらった栄養摂取-なのだろうか。著者の立場は後者である。つまるところ、「食べ物のタブーは健康維持法と同じ範疇に入るということだ。」(83p.)

というわけで、著者は、カニバリズムの次に多くの健康食品・健康法を取り上げ、最後にこう結ぶ。「食べ物に纏わる強迫観念は、文化の歴史のうねりであり、現代病であり、どんな健康食でも治すことはできない」。けっこう意地悪である(笑)。

著者は、「食べ物についての制限に、合理的で具体的な制限を求めるのは無意味だ。食べ物に関する制限は本質的に理解を超えた、抽象的なものである」と述べる。(この場合の食べ物の制限というのは、有毒食品や食物アレルギー、薬との相互作用といった明らかに健康障害を起こす食べ物ではなく、社会的なタブーによる制限を指している)。これには私はかなり同意で、恣意的に設けられたタブーを、理論で剥がすのはかなり難しい。

だから余談ですが、例えば私が、胎盤を食べることを勧められたら(ないよ。ないけど)、私が返せる言葉は、「趣味わるっ!!」か、柔らかめに「私の趣味じゃない」かな。食べ物のタブーは、文化的背景によって異なるにせよ、理論や根拠を越えて、単なる生理的嫌悪感で「ダメなものはダメ」と言って良いと思っている。強制はできませんが。

章ごとにテーマが異なり内容が深いので、再読にも時間がかかった。示唆に富んでいて面白い本です。カニバリズム絡みで、昔書いた読書感想文をあげておく。

  • 『死の病原体 プリオン』(リチャード・ローズ 草思社【→1998年12月感想
  • 『狂牛病 正しい知識』(山内一也 河出書房新社)【→2001年12月感想
食べる人類誌―火の発見からファーストフードの蔓延まで (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) 食べる人類誌―火の発見からファーストフードの蔓延まで (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
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