[Zuka] 宙組『不滅の棘』@DC

1月29日に日本青年館で好評の大千秋楽を迎えた『不滅の棘』ですが、ドラマシティ上演時点での感想を書いておきます。

遅まきながら、愛月ひかる様、東上付き公演初主演おめでとうございます。

2017年は金沢貫一(王妃の館)、ラスプーチン(神々の土地)と怪役が続き、演出家の皆様は、宙組生え抜きの貴公子をどこに連れて行こうとしているのであろうと一抹の不安を覚えつつも、まぁ様(朝夏まなと)の退団公演における愛ちゃん(愛月ひかる)のラスプーチンの演じっぷりにはただ感嘆するしかなかった。

そして年明けの愛月ひかる単独主演第2作目は、2003年におささん(春野寿美礼)が主演した『不滅の棘』の再演でした。本作で見事に宙組の白い貴公子にカムバック。「スターは必ず蘇る」を地で行った。

ロマンス『不滅の棘』
原作/カレル・チャペック
翻訳/田才 益夫(八月舎刊「マクロプロス事件」より)
脚本・演出/木村 信司

1603年、エリイ・マクロプロスは、ギリシャ国王ルドルフ2世の主治医だった父から不老不死になる薬を飲まされてしまう。高めの不安げな声で父を呼ぶエリイ。

1816年、チェコ・プラハのカレル橋で宮廷お抱え歌手であるエリイ・マック・グレゴル(愛月)は、フリーダ・プルス(遥羽らら)の使いである道化(星月梨旺)に話しかけられる。フリーダがエリイに会いたがっていると。白いシルクハットに白いマント、白ずくめのエリイ。軽妙な道化は元おひげのガリツキー将軍。

乞食を装ってエリイに近寄った白いドレスのフリーダは、彼女を拒否するエリイに、低い声で荘厳に「あなたを愛しています」と歌いかける。フリーダの求愛は彼を苦しめ、追い詰めたが、ついには受け入れてしまう。「愛は不滅のもの」。

プラハのカレル橋で歌手(若翔りつ)が歌い、橋になだれ込み踊る市民達。過ぎゆく刻、そして1933年。

白いデスクに白いソファ、白い書棚と白いキャビネット置かれた白い部屋。コレナティ(凛城きら)の弁護士事務所で、フリーダ・ムハ(遥羽)は、曾祖父の代から続く「プルス事件」裁判の判決を目前にしていた。フリーダは、コレナティの息子で幼馴染みのアルベルト(澄輝さやと)にやりたいことができる若いうちにお金が欲しい、だから裁判に勝ちたいと訴える。正直で奔放で、現代的なショートカットのフリーダ。遥羽の生き生きしたフリーダがいい。約100年前にエリイに求愛していたフリーダ・プルスと同名のフリーダ。何らかの関係性を観客に感じ取らせる。

そこに登場したのは、世界的な人気を誇るシンガーのエロール・マックスウェル(愛月)。街中にビッグサイズのポスターが貼られ、フリーダもコレナティもアルベルトもその名前と顔を知っていた。

エロール・マックスウェル!!どうしてここに!!

コーラスガール(愛白 もあ、花咲 あいり、桜音 れい、花菱 りず)を引き連れ、毛皮のコートに黒のシャツ、白いネクタイ、白いズボンといういでたちのエロールは、何か力になれるかもしれないとフリーダに告げる。彼こそ、不老不死となったエリイ・マクロプロスであり、フリーダ・プルスの愛したエリイ・マック・グレゴルそのひとである。

フリーダはエロールは、1925年に亡くなったフリーダ・プルスの遺産を巡る裁判の経過を話す。独身で後継者もなかった彼女の遺産である土地は従兄弟のプルス男爵が相続した。だがフリーダの曾祖父であるフェルディナント・ムハがフリーダ・プルスの真の後継者であると裁判をおこす。が、彼が後継者であるという証拠がなく、裁判は長引き、100年を越え、遂にフェルディナントの曾孫であるフリーダ・ムハは敗訴に追い込まれようとしていた。

エロールはコレナティにフリーダ・プルスは死んだのか、と問う。
フリーダ・プルスは死んでいた。100年も前に。

エロールはフリーダ達にフェルディナントはフリーダ・プルスの息子であり、その出産証明書がプルス邸にあるはずなので、盗み出そうと提案する。

深夜にプルス邸に忍び込んだエロール、コレナティ、アルベルトは出産証明書を手に入れるが、館の女主人タチアナ(純矢ちとせ)とその娘のクリスティーナ(華妃 まいあ)に見つかってしまい、エロールはクリスティーナに銃で撃たれる。大スター・エロール・マックスウェルであることに気づいたタチアナとクリスティーナに、彼は翌日の彼のコンサートに誘い、窓から姿を消す。

翌日、コンサート会場に出向いたタチアナとクリスティーナは、エロールの不在の噂を聞く。コンサートが始まると歌手(朝央 れん、七生 眞希)とダンサー達の豪華な群舞に続いて、巨大な卵形のドームから現れた美人歌手が、一瞬にしてのエロールとなり、口紅を拭い取り、ジャケットを振り払って着込み、歌い始めた。

スターは必ず蘇る

不滅の棘パンフレット

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エロール(エリイ)は、父に不老不死になる秘薬を飲まされ、撃たれても刺されても死なない身体となり、348歳まで生きてきた。世界的スターとなり圧倒的なカリスマ性で女を魅了する。クリスティーナに純粋な想いを寄せられ、タチアナには関係を迫られ、50年前の愛人カメリア(美風 舞良)まで登場する。エロールは彼女たちを邪険にせず、丁寧に相手をするにも関わらず、これまでの生涯で唯一愛したのはフリーダ・プルスと息子フェルディナントだけであり、その面影を追う。愛は不滅のもの。彼の心には不滅の棘が刺さったまま。

フリーダ・プルスは不死の秘薬の調合法とともにエリイ(エロール)の前から姿を消した。彼女とフェルディナントは薬を飲んで生き続けているのかもしれない。不滅の棘が彼を周囲を顧みない自己中心的な行動に走らせる。スターとなって顔を売り、フリーダ・プルスを探し求める。

身体は衰えずとも精神は疲弊する。エロールが椅子の背もたれの向こうで、「フリいぃいだぁ」と慟哭する場面は胸に響く。その声は老いていた。200年もの孤独に耐え、ようやく出会った最愛の女性を不幸にしてしまったのではないかという苦悩。
そして、最後にフリーダを思い、フェルディナンドを思って歌う声に泣かされた。誰にも割り込めない愛。

エロールは男役冥利に尽きる役ゆえに、キザってカッコつけてなんぼ。そのカッコつけから、その裏にあるものも表現しなければならない。愛ちゃんは、ベティーニ、ルキーニ、ラスプーチンなどの一筋縄ではいかない役を演じてきた愛月ひかるならではのスケール感で挑んでいた。DC開幕2日目はまだまだでしたが、東京公演千秋楽には愛ちゃんの納得のいく出来上がりになっているといいな。

(3/4追記)フリーダ・プルスとフリーダ・ムハを演じた遥羽らら。どっちもよかった。フリーダ・プルスの荘厳さは彼女の真剣味を感じさせ、フリーダ・ムハはその快活さで、エロールを永遠の生から解放する。エロールは本当に不老不死の薬を探し出して、さらに384年の生を求めたのか?その生は彼に何を与えたのか?エロールの愛と苦しみやを感じ取れる聡くて優しい、行動できる女性でした、フリーダ・ムハ。

エロールは、カメリアに対する態度が紳士的で、これは女性のドリームだと思った。50年ぶりなのに美貌が衰えないエロールに「相変わらず色っぽいな」とか言われるカメリアさん(美風)。タチアナ(純矢)は母でも女だけれど(せーこちゃん、美人さん)、孫持ちですよ、カメリアさん!いやーすごいすごい。

愛にはいろいろな形がある。片想いのフリーダをエロールから護ろうとするアルベルト(澄輝 さやと)。守り方がどっかズレているんだけれど(出産証明書を否定したら、判決をひっくり返されないの??そこは謎のままだった)、あっきーが眉間に皺を寄せて片思いを唄うと、フリーダとの恋が成就するようにと祈らずにはいられない。幸せになってね。(筆跡鑑定人の朝央 れん、刑事に七生 眞希とおふたりバイトしまくりでしたが、この場面は良かった)。

クリスティーナ・プルスは、エロールに愛を寄せ、プロポーズし、あなたを変えてみせるという。純粋な愛ゆえのエゴイスティックな要求。独りよがりに見えなくもないクリスティーナを華妃 まいあが繊細さをもって演じ、共感を生んだ。

クリスティーナの兄ハンスの留依 蒔世。出番少ない酔っ払いの役だったけれど、母タチアナから疎外され、プルス家を出た、複雑な内幕を体現する人物像を作っていた。プルス家、いろいろありそうだな。

シリアスな登場人物ばかりの中、なぜか笑いを取っていたのがりんきら(凛城きら)のコレナティでした。うまいよね。

フィナーレは短く、エロールとフリーダ・ムハがデュエットで踊り、バンバンを歌う。歌の多い作品だったが、愛ちゃんの歌唱力がぐんと向上していることを実感した。フィナーレ分の時間を2幕冒頭のアドリブ(星月 梨旺、里咲 しぐれ、朝日奈 蒼)にあて、観客がホッとする余裕を作り出していた。

寓話的な要素があり、不可思議な雰囲気が漂う、白い世界。初演の評判が良いのも納得の脚本・演出だった。