[Zuka] 2017年雪組『幕末太陽傳』(1)

4月21日(金)から、雪組トップコンビ 早霧せいな・咲妃みゆの退団公演が始まってあっという間に1か月が経過。103期生の初舞台公演でもあり、初舞台生の口上は初々しく、若者の未来に幸多きことを。

原作の映画『幕末太陽傳』(1957年,川島雄三監督)は、Amazonプライム・ビデオで、幕末太陽傳 デジタル修復版をレンタルしました。『幕末太陽傳』は、品川宿の高級妓楼(遊郭)『土蔵相模』を舞台に、古典落語『居残り佐平次』の佐平次を主人公にしたて、『三枚記請』、『品川心中』、『星野屋』、『文七元結』、『付き馬』、『お見立て』を入れ込んで1本に仕上げた作品。

『土蔵相模』は、幕末の志士たちが密議をした大妓楼として史実にその名を残していて、史実や現存する場所がベースになっているのかと思うと(単純だけれども)作品を見る目が違ってきて、キャスト達の演じる江戸時代末期の相模屋の人々がより立体的になり、現実味を帯びてくる。

(タカラヅカ・スカイ・ステージ「プレ・ステージ!!~歴史のトビラをたたく~#2 雪組公演『幕末太陽傳』」では、ひとこちゃん(永久輝 せあ)が品川宿跡を回っていました)。

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映画のフランキー堺が演じる佐平次はどちらかというと、堅気より荒くれ者の博徒寄り。後ろ暗いこともやって来て多少はすねに傷を持つ。店で豪遊した金を自らが働いて稼ぐ、開き直りの居残り稼業。もはや気質が堅気じゃない。なんていうか「無銭飲食したら刑務所に入れて屋根のある所で眠れて三食付いてくる」と考えるのと同類項に感じるけれど違うのかね、という。→「【累犯を断つ】(1)刑務所でしか暮らせない」(西日本新聞2012年06月05日)

居残り佐平次は、客と遊女のトラブル(三枚記請)があれば飛んで行って遊女を逃がし、遊女が心中相手から強請られる騒動(品川心中・星野屋)を収めて小遣いを稼ぐ。佐平次は労咳病みで品川を死に場所と定めて来たが、トラブル多くて雑然としたエネルギーに溢れかえる品川宿にあてられて、生きてみることを決めてしまった。店の跡継ぎと女中の駆け落ち(文七元結)を取り持ち、石原裕次郎演じる高杉晋作ら長州藩士達の英国公使館焼き討ち事件に手を貸し、未練がましく遊女に付きまとう客を煙にまいて一人遁走する。

映画は1957年(昭和32年)の高度経済成長期に作られただけあって、活気にあふれ、イケイケで多少のことはモノともしない荒くれな雰囲気が漂っている。一歩引いて世を斜めに見ている佐平次を取り合う女郎のこはる(南田洋子)とおそめ(左幸子)。映画『幕末太陽傳』は任侠ロマンが溢れる”男のための”映画であった。(今から見ると一流どころを揃えた映画版キャストすごい。若き石原裕次郎が美男子すぎてびびった。太陽に吠えろか西部警察の40歳イメージでいた。)

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宝塚歌劇版『幕末太陽傳』は世界観が違った。

早霧せいなの佐平次は開き直りの居残りというより、天から使命を帯びて使わされた使者のよう。後ろめたさがない。女郎の生き様も愛しているし、日参するお客にも共感できる。何より自分の腕と才覚と度胸で世を渡る居残り稼業が大好き。「居残り」は飛び入りの従業員だから役割が決められているわけじゃないが、騒動の絶えない相模屋では、仕事が自分から佐平次の元へ飛び込んでくる。

遊女こはる(星乃あんり)が、年季が明けたら結婚すると誓った起請(誓詞)を仏壇屋の倉造(悠真 倫)倉造とその息子である清七(永久輝 せあ)に別々に渡していたのが二人にばれ、父と息子がこはるを挟んで大騒ぎ。

父と息子の間に割って入った佐平次はこはるを逃がし、遊女の起請のおかげで身代を潰し、居残り稼業の身の上にと、さめざめと語り始める(ヾ(ーー )モシモシ?)。佐平次のようになっちゃいけねえと覚った父子は佐平次にお駄賃を渡して退散。騒動を収めると感謝もされるし、小銭も稼げる。止められないねえ、居残り稼業。

居残りになった佐平次の仕事始めである第6場のこの場面がすごく良い。悠真倫の倉造と永久輝せあの清七も見物だが、星乃あんりのこはるの見事さよ。居丈高になる男達に「(わっちを)傷つける気かい。爪の先まで金で買われている身だよ」と啖呵を切り、男二人を相手に一歩も引かない。そんなこはるを逃がして責めない佐平次は女郎の苦みも傷みも知っている。”女郎は客を騙すのが仕事”。客の真心を信じていたら仕事にならない。

星乃こはるはおそめ(咲妃 みゆ)との大立ち回りが終わった後の時も見事で、ざんばら髪をふさっと振り、ふっと笑って立ち去る姿に凄惨な色香があった。(wikipediaで「三枚起請」の解説を読んで、こはるの言う「わっちはね、世界中のカラスをみんな殺してやりたいんだ」の意味が判った。やはり元の落語を知らないと理解できない部分が出てくる)。

客を騙すことに自覚的なこはるに対して、咲妃のおそめは小悪魔的だ。資金繰りに苦しくなって貸本屋の金造(鳳翔 大)との心中を思いつく。「そうだ、金ちゃんなら身寄りはないし、下衆だから死んじゃっても良いかな」と自分の思いつきにほくそ笑む。心中用の白装束で二人で海岸に向かって、「金ちゃん、早く!」と金造を海辺(銀橋)に追い立てる。見るからにおそめは死ぬ気はなさそう。金造は殺されそう。鳳翔の金造がこれがまた色男金と力はなかりけりという風情で、無邪気なおそめに負けっぱなしなのも無情でええ感じである。そして相模屋のやり手婆おくま(舞咲りん)がおそめを探しにやってくる。おそめは、おくまの声に慌てて金ちゃんを海(オケピ)に突き落としてしまう。

おくまはおそめに「金が出来た」と上客の梵全(天月 翼)から連絡があったことを告げる。これで死ぬ必要はなくなった!だけれど…。

「あたし、今、ひとりやっちまった」とおくまに告白するおそめ。
「金ちゃんかい。あたし達しか知らないんだから黙っておけば良いんだよ」。

この女たち、たくましすぎる(苦笑)。おくまにそう言われてあっさりと納得するおそめは、罪の意識が全くなくて可愛いが、客の側としては苦笑するしかない。末期とは言え、江戸時代に心中は御法度じゃなかったっけ??わかめを被ってオケピから這い出てきた金ちゃんがいい面の皮である。(^^;)

早霧時代に舞台を支えてきた鳳翔 大がまたもや好調で、力の抜き加減と入れ加減のバランスの良い金造を見せる。熱演でした。

咲妃みゆはとにかく見ていて楽しい。おそめの境遇を、ジャズ?ロカビリー?っぽいソロで歌い上げる場面はアルトのソフトな声が響き渡って彼女の生命力を溢れさせ、星乃こはるとの大げんかも見事な切れ味で立ち回り、娘役の心意気で魅せた。

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相模屋に金ちゃんの仲間であるガエン者権太(星加 梨杏)とガエン者玄平(縣 千)が棺桶を運んでくる。蓋を開けると金ちゃんが!ひゅーどろどろ、おそめへの恨み辛みで祟られては敵わない。慌てる相模屋の楼主伝兵衛(奏乃 はると)はお香典を用意するが、それを横からかっ攫って行ったのは佐平次。

居残り佐平次、棺桶で死んだふりしている金ちゃんに水をぶっかけてたたき起こし、お香典からお見舞いをガエン者と金造に渡して、残りはちゃっかり懐につっこみ、恐喝者達を追い払う。ほんとにいい面の皮である。(^^;)

相模屋に降りかかる火の粉を払う佐平次。居残り稼業って何なのだろうね。

早霧せいなの、 底抜けに明るくて目端が利いて頭の良い佐平次は良くない咳をしていて、品川には療養のつもりでやって来た。品川は海も見えるし食べ物もうめえ。療養にはもってこいだ。
療養?いのさん(居残りさん)、そんな風には全然、見えないよ。労咳が悪化して良くない咳をしている人間があんなにひらりと飛べるかい?と思ったけれど、早霧せいなが退団会見で言っていたことを思い出したんだ。

「ほめてくださればくださるほど、特に自分自身のことであればなおさら いや、この裏には何かがあるんじゃないか?とか 飴を与えられて次は鞭がくるんじゃないか?という恐怖の中でむしろ過ごしておりました」(雪組トップスター 早霧せいなさん 退団会見リポート)http://835.jp/blog/review/21110/

強い明るさに潜む濃い陰は表面積的には小さくても必ず出来るもの。

とびっきり明るい佐平次に感じる陰と、早霧せいなが感じる恐怖。佐平次というキャラクターは早霧せいなに宛てて書かれたものではないが、宝塚歌劇版の佐平次は早霧せいなそのものに見えてくる。宝塚歌劇の男役であることを誇りに、相手役と2番手を可愛がり支え、組子を愛してやまない。でも旅立つ時は必ずやってくる。

その旅立ちにヒョイと乗っかってきたおそめこと咲妃 みゆと共に、早霧は『幕末太陽傳』の完成に全力を尽くす。カッコいい、早霧せいながひたすらカッコいい。

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小柳奈穗子氏の『幕末太陽傳』は働く女の世界だなと思う。佐平次はおそめやこはる達、遊女が居心地良く働けるように気配りをする。「遊郭」という存在の持つ後ろ暗さを極力そぎ落とし、彼女たちの労働者としてのたくましい一面に光を当てる事に成功。それから佐平次の旅立ちにおそめを寄り添わせ、宝塚歌劇としてのアイデンティティを示すことも忘れない。芝居巧者が揃った雪組で、映画の持つ騒然としたエネルギーを活かしつつ、宝塚歌劇版『幕末太陽傳』の世界を創り上げている。

演出家 小柳奈穂子が語る 『幕末太陽傳』の見どころ