宙組の『エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)』大劇場公演、千秋楽おめでとうございました。宙組の皆様、スタッフの皆様、おめでとうございました。お疲れ様でした。東京公演までしばしの休養を。
そして、天玲 美音様、ご卒業おめでとうございます。幸せと楽しさをありがとう。これからの人生にも幸多きことを、お祈り申し上げます。
個性派てんれーが宙組の舞台から去るのは寂しいです。怪しげなラウシャー大司教様、ゾフィー皇太后に「(出前を)取ったことあるのね?」と突っ込まれて、「ちょ、ちょっと」とやや狼狽えながら答えるのが可愛かったです。
さて、7月8日/9日に、兵庫県立芸術劇場でノイズム(Noism)の 『劇的舞踊「ラ・バヤデールー幻の国』を観劇した。これが素晴らしい舞台で、8日の予定だけだったのが、観劇後に9日のチケットを追加した。その後に宙組エリザベートを見て、感触も風合いも全く異なるものの、なぜか「ラ・バヤデール」と重なったのである。
古典バレエの名作「ラ・バヤデール」を下敷きにした「ラ・バヤデール -幻の国」(脚本:平田オリザ、演出:Noism芸術監督 金森穣)は慰霊の物語と銘打たれていたが、宙組の『エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)』は、鎮魂の物語と銘打ちたい。ちなみに今回は、慰霊のラ・バヤデール編。
→ノイズム(Noism)::りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館が舞踊部門芸術監督に金森穣を迎えたことにより、日本初の劇場専属舞踊団として2004年4月設立。正式メンバーで構成されるメインカンパニーNoism1と研修生が所属するNoism2の2つのカンパニーからなる。
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「ラ・バヤデール -幻の国」
物語は、ヤンパオ帝国の特務機関としてマランシュに駐留していたムラカミ(貴島豪)という老人の回想から始まる。看護師に付き添われて車いすに乗る老人ムラカミは思い出す、過去の悲しみを。失われた人々と失われた国を。
かつて荒野に存在したヤンパオ帝国は、皇帝を中心としたマランシュ族、陸軍の騎兵隊を務めるメンガイ族、踊り子のカリオン族、地方の軍閥である馬賊、そしてヤンパオからの居留民たち。それら五つの民族の人々で成り立つ多民族国家であった。
寄せ集めで、民族ごとの思惑も異なる、まだ若いヤンパオ帝国。マランシュ族出身の皇帝プージェは、五族協和の象徴として皇女フイシェン(たきいみき)とメンガイ族の騎兵隊長バートル(中川賢)を結婚を思い立つ。バートルはカリオン族の踊り子ミラン(井関佐和子)と秘かに愛し合っていたが、ミランへの愛と民族独立の夢との間に板ばさみになり、皇女フイシェンとの結婚を承諾してしまう。
一方、踊り子ミランに言い寄って拒まれた隣国オロンからの亡命者・大僧正ガルシン(奥野晃士)は、皇帝プージェにバートルとミランの関係を密告する。皇帝の意を受け、ムラカミが特務機関として動き出す。
そうして迎えた、バートルと皇女フイシェンの婚約式。
帝国のためにバートルと政略結婚することに微塵も揺らぎのない皇女フイシェンと、踊りを披露するミランを見て動揺するバートル。踊りを終え、フィシェンの侍女ポーヤン(石原悠子)から、花かごを受け取ったミランが悲鳴を上げる。籠の中には毒蛇がひそんでいたのだった。
踊りと全身を使った身体的表現で感情を表し、”場を作っていく。セリフはギリギリまで削られ、舞台装置はシンプルで多機能な、可動式で組み合わされる柱状のものが用意され、舞台の空間を広々と使えるように工夫されている。(2回目の観劇は2階席にしたのだけれど、舞台が一望できて大正解だった!)
ミランを失ったバートルは阿片に耽溺し、幽霊達の舞に遭遇する。舞い踊る幽霊達がまとう布が舞い上がり、舞台に幻想と幻惑の世界が立ち現れていく。ベールで覆われた幽霊達をかき分けながら、失ったものへの悲しみと後悔、執着を露わにミランを探し求めるバートル。その前に、ミランであろう幽霊が現れ、舞い踊り、そして去って行く。死者が生者を悼むかのように。
- ノイズム最新作”幻の国”の物語にトップクリエイター集結、衣装はイッセイミヤケ宮前
- イッセイ ミヤケ×Noism×田根剛 “動きとクリエーション”から導く「ラ・バヤデールー幻の国」制作の裏側 @fashionsnapさんから
空間を、顔を使い、全身を使い、「表現」で満たしていく。ストレートプレイでもなく、ショーでもなく、ミュージカルでもない、「劇的舞踊」。もともとNoismは舞踊集団なだけに、言葉を使わずに身体の動きから、顔の表情から、手を伸ばした指先から、見事に揃った群舞から、感情の波を観客に伝えることに長けている。飾り気のない衣装と肉体だけで表現される世界観に圧倒される。
「劇的」部分を担当する主要キャスト(ムラカミ、皇女フイシェン、大僧正ガルシン)は、静岡県舞台芸術センターから俳優3名(貴島豪、たきいみき、奥野晃士)を迎えており、彼らの存在感ある演技も見物だった。
古典バレエ「ラ・バヤデール」を翻案した本作は、社会問題提起のできる舞踊芸術集団を目指すNoismのために、平田オリザ氏が、カースト制、信仰の問題に加えて民族対立という要素を加えて、オリジナルの脚本を書き下ろしたものだという。これらのテーマを内包しつつ、前面に出ているのはバートルとミランの関係を中心に、ヤンパオ帝国の行く末だった。
多民族国家であったヤンパオ帝国は他国との戦いによって失われ、生き残ったムラカミは、失った過去を悼み、追憶する。生者が失ったものを嘆き、懐かしむ、静かな慰霊の空間が、ただそこにあった。
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宙組の「エリザベート」に辿り着かなかった。
宙組の『エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)』で、「鎮魂」すなわち、魂を鎮められる対象は、黄泉の帝王トート閣下(朝夏まなと)である。荒ぶる魂を抱える黄泉の帝王。なぜそんなに荒ぶっているのだ。