ずんちゃんこと、宙組 桜木みなとの初主演である『相続人の肖像』は10月25日(日)に無事千秋楽を迎えました。ずんちゃん、ヒロインの星風まどかちゃん、おめでとうございます。
定番の薮下哲司の宝塚歌劇支局プラス
→ 『宙組ホープ、桜木みなと初主演、バウ公演「相続人の肖像」開幕』
『相続人の肖像』は、望海風斗主演『Victorian Jazz』、愛月ひかる主演『Sanctuary』の田渕 大輔先生が脚本・演出で今回はどんな作品だろうと期待していたところ、非常にウイットに富んだユニークな舞台でした。田渕 先生のオリジナル作品には今後も期待ができそうです。
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今回は3日目と前楽を観劇したが、やはり前楽のほうが作品の意図がはっきり伝わってきた。伯爵家の相続を巡るドタバタ騒動を通じて若き跡取りの成長を描く作品だが、イギリス貴族と階級社会を皮肉るイギリス流の風刺がエッセンスとしてたっぷりと注入されており、「20世紀初頭のイングランド」という背景にリアリティを持たせている。田渕先生は英国文化がお好きなのかな。
プロローグは、主人公チャーリー(桜木みなと)の父親ジョージの葬儀に喪服を着た人々が参列する暗い色調のダンスシーン。黒ずくめの人々が墓標をバックに、風を切って舞う様子に何事かの異変を感じ取る。
色調はいきなり変転し、チャーリーの屋敷であるバーリントン・ハウスの廊下で執事のフィリップス(松風 輝)、家政婦長のミセス・テイラー(花咲 あいり)を筆頭に、召使い(下僕)のルパート(春瀬 央季)やトビー(七生 眞希)、アーサー(水香 依千)、そしてメイドのシルヴィア(美桜 エリナ)、ドロシー(里咲 しぐれ)、ネリー(花菱 りず)達が明るくコミカルにお屋敷の日常を踊る。
そこにロンドンからオックスフォード大学を退学になったチャーリーが帰宅する。桜木みなとで印象強いのは、PHOENIX 宝塚!! —蘇る愛—』で怪盗カナメールにくっついていた、明るくにっこにっこした可愛い少年怪盗リトル・チェリーだが、『王家に捧げる歌』を経て、若き青年貴族を演じるに相応しいすっきりした端正さを身につけた男役になっていた。そして桜木の大きな武器である歌唱力も表現力が増していた。
父親ジョージの葬儀にも参列しなかったチャーリーに、祖母のロザムンド(悠真 倫)と弁護士のクーパー(穂稀 せり)は、ジョージの残した遺言を説明する。チャーリーは屋敷とダラム伯爵家の領地を相続する権利を持つが、伯爵家の莫大な財産を受け継ぐためには、ジョージの後妻のヴァネッサ(純矢 ちとせ)と娘のイザベル(星風 まどか)と同居することが条件となる。祖母ロザムンドはイギリス貴族として、平民のヴァネッサを家族の一員と認めてはいなかったが、伯爵家の財産を守るために、ヴァネッサとの同居をチャーリーに勧める。だが、ヴァネッサを父の愛人だと思い込み毛嫌いするチャーリーは、その条件を拒否する。
ここでチャーリーの若さ故の考えなしが表現されているのが、チャーリーが屋敷と領地が残れば良いと言い放つのに対して、財産がなければ屋敷も使用人も維持できないと弁護士に指摘されて、愕然とするあたり。給料をどうやって払うねん!と突っ込んで良いですよ、と言う声が聞こえた気がした(気のせいです)。
ロザムンドは、ヴァネッサとの同居を拒否するチャーリーを持参金を持つ令嬢と結婚させるために新進貴族を集めたパーティーを開く。
結婚を迫られたチャーリーは幼馴染みであるアルンハイム子爵家のハロルド(蒼羽 りく)から、ハロルドの姉でチャーリーの元許嫁のベアトリス(愛白 もあ)がまだ未婚で、チャーリーを憎からず思っていると聞き、パーティーに彼女を招待する。チャーリーは昔、ベアトリスを振ってロンドンのオックスフォード大学に進学したのだった(ちなみにロザムンドが手を回した裏口入学だったらしい)。
ベアトリスは、父エドワード(美月 悠)と弟のハロルド(蒼羽)にエスコートされてパーティ会場に現れる。チャーリーの幼馴染みであるハロルドはイザベル(星風 まどか)に求婚する気になってバーリントン・ハウスに来ていたが、イザベルは彼を避け続けていた。
このダラム伯爵家のロザムンド(悠真)とチャーリー(桜木)、アルンハイム子爵家のエドワード(美月)とベアトリス(愛白)、ハロルド(蒼羽)の二組のイギリス貴族の描き方が上手い。ロザムンドとエドワードは、貴族の結婚は愛がなく財産目当てでも当然であるとする点は共通しているが、ヴァネッサ(純矢)を未だに愛人と見下すロザムンドに比して、エドワード(美月)は娘思いで紳士的なイギリス貴族である。
そしてチャーリーの父親ジョージはどうだったか。毛嫌いする父親と同じ道を歩もうとしているチャーリーは、純粋にチャーリーを慕うベアトリスと純粋にイザベルに恋するハロルドの姿を見て、更に鬱屈を深くする。
イギリス貴族とひと言で言っても、「相続人の肖像」は、家族の数だけあるのだ。
パーティで、チャーリーは、ゴシップ新聞社の社長である新進貴族スレッドミア卿(朝央 れん)とその令嬢メイベル(小春乃 さよ)のあからさまな爵位目当てにげんなりする。パーティー会場を抜け出したチャーリーに、イザベルは、「お兄様」と呼びかけ、「踊れば運命の相手か判る」とダンスを求めてくる。
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とにかくダラム家がいびつで(笑)、その歪さを物語の中心軸に置いているあたりが、この作品のスパイスになっている。ダラム家で、「普通」の感覚を持つのは、後妻のヴァネッサとイザベルだが、この二人はダラム家には異質の人間であり、ロザムンドに追い出されようとしている。だがダラム家を取り仕切る執事フィリップスは、ヴァネッサが来てくれた事で、亡き当主ジョージが優しくなったと証言し、ヴァネッサとイザベルを引き留めようとする。舞台は、この二人とチャーリーの出会いによってダラム家の変質を予感させて終わるが、ロザムンドだけは「これでダラム家はまた鼻つまみ者になるわね」と嘆息する。
果たしてこれ以後、ダラム家は誇り高きイギリス貴族の「鼻つまみ者」のままでいられるのか、違う階級との融合によって変貌を遂げるのか、また別の道を行くのか。この作品での笑いは、皮肉な笑いであり、(イギリス)階級社会を皮肉って描くのは映画などではあるが、宝塚歌劇では珍しい気がする。田渕氏の実験作という感じだろうか。
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桜木みなとのチャーリーは、内面に鬱屈を抱える貴族の放蕩息子を演じたが、その端正で清潔感のある面持ちにわずかな癇の強さを出して、苦悩を独唱した姿が功を奏し、その「放蕩息子感」に嫌悪感を持たずに済む。変な澱みや濁りを出さない桜木みなとの演技が映えた。
イザベルの星風まどかは、研2という若さにしたら、驚異的な技術と舞台度胸を持っている。清楚ですっきりとした姿と愛らしさの中の自立心という精神性のあるイザベルだったが、チャーリーへの微妙な想いを表現するにはまだ足りなかった。これは仕方が無いでしょう。これからが楽しみな逸材です。
ダラム家と対比されるのは、アルンハイム子爵家の人々で、ハロルド役の蒼羽 りくは、一途に相手を思う純情さと振られても前を向く健気さを見せて、物語に爽やかさをもたらした。また愛白ベアトリスは、チャーリーの心に自分が締める場所がない事を知り、チャーリーに情けをかけ、自身の精神的な自立を果たすという希有な女性像を描いた。あと美月悠はお父さん役だったが、芝居上手でちゃんとこなす。
悠真倫を始めとして、純矢ちとせ、松風輝らが要所を締め、春瀬央季や七生眞希達が各所で小芝居を展開して、笑いや萌えを担当するという役割分担がなされており、パーティー会場では目が足りなかった。
留依 蒔世が全日程休演というアクシデントがあり、代役の水香 依千がよくこなしていました。留依くんは体調を万全にして次に備えてください。お大事に。