[Zuka] 花組『MESSIAH』(4)終~天草四郎陣中旗

舞台上でも掲げられる山田右衛門作が描いたという天草一揆軍の陣中旗(レプリカ)が、劇場内に展示されていました。

赤葡萄酒が入った聖杯と十字架が記されたパン。パンはイエス・キリストが最後の晩餐で弟子達に与えた聖餅で、キリストの聖体と言われているものだそう。

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柚香光の演じる山田右衛門作、洗礼名をリノ。作中で唯一、洗礼名で呼ばれるリノは、天草一揆軍の中で(多分)唯一、イエズス会の宣教師から直接教えを受けており、戦いの最中に武器を取らず、絵を描く南蛮絵師である。彼にとって絵を描くことが彼の使命であり、戦いなのでしょう。天草の大矢野島で司祭的立場なのは、森宗意軒(高翔みず希)という設定だと思うけれど、正式な宣教師が不在の天草一揆軍では、リノと彼の描く絵が、キリシタンの教えのシンボル。

だから流雨(仙名彩世)が、彼を洗礼名のリノで呼ぶのは、それが相応しいと思っているのか。流雨とリノの間には同じ教えを信じる者同士の相通じる空気が流れていた。四郎(明日海りお)にも通じるところがあったのだろうか。四郎も「えもさく」と呼ばずに自然にリノと呼び始める。島原の乱を生き残ったリノは棄教して山田右衛門作から山田祐庵となり、松平信綱(水美舞斗)の庇護のもと江戸でキリシタン目付となって暮らしたという。そうまでして彼は生きていかなければならなかった。

島原・天草の乱(1637-38年)後、徳川幕府は、「(切支丹)宗門之族結徒党企邪儀、則御誅罰(ごちゅうばつ)之事」を理由にし、ポルトガル船来航禁止令(第五次鎖国令)を発布(1639年)し、鎖国体制を整える。

家光(紅羽真希)は家康から始まった武断政治によって幕藩体制を確立し、48歳で没(1651年)。将軍職は11歳の家綱が継ぎ、世襲制を盤石にした。

1656年(明暦2年)。山田祐庵(柚香光)は、4代将軍・徳川家綱(聖乃あすか)から江戸城に呼び出される。家綱は、祐庵に20年前に肥前島原の原城で見つかったというマリアの絵を見せる。間違いなく自分が書いたものと、動揺する祐庵に家綱は「あの城で何があったのか」と問う。

紅羽真希の力強く、勝家による石高倍増とキリシタン改宗の報告に喜ぶ家光と聖乃あすかの物腰柔らかで絢爛な屏風が似合う家綱が、まったく違う将軍像で、武断政治(家光)と文知政治(家綱)の好対照となっている。

2代にわたって老中として使え、政務を取り仕切る松平信綱は江戸幕府の礎を固め、威信を保つことを任としている。青天に裃でキリリとした清新さが漂う、水美舞斗の松平信綱は板挟みの立場というか、苦衷を表に出せず、建前で通さなくてはならない。本心を出せないが為の苛立ちや焦りが水美舞斗の信綱には出る。その信綱の内心の葛藤を鈴木重成(綺城ひか理)が行動で補う。綺城ひか理の実直で配慮の利いた鈴木がいいです。

第21場で信綱が家綱に「大権現さま以来、幕府に弓を引いた者などおりませぬ。ましてやそれがキリシタンなど、決してあってはならぬことです」と言うのですが、この台詞の示すところが、いまいち判らなくて。

1639年(寛永16年)7月令(第5次鎖国令)では「(切支丹)宗門之族結徒党企邪儀、則御誅罰(ごちゅうばつ)之事」とキリシタンの邪儀があったことを布告しているし、1951年には幕府へのクーデター事件である慶安の変(由比正雪の乱)があるよね、とか。「異聞」はこれらが存在しない世界なんでしょうね。(由比正雪の乱を無視されると、魔界転生好きが泣きます)。

フィクションはフィクションで良いけれど、中途半端なフィクションだと、夢が見れないんです。専科から特出の一樹千尋さんと明日海りおさん率いる花組の熱演が素晴らしかったので救われました。みりおさんの花組は私の憧れです。

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読んだ本

  • 『島原の乱 キリシタン信仰と武装蜂起』講談社学術文庫 (2018/8/12) 神田 千里(2005年に中公新書より刊行されたものの文庫化)
  • 『島原の乱とキリシタン (敗者の日本史14)』 吉川弘文館 (2014/8/18) 五野井 隆史
  • 『新装版 切支丹の里』中公文庫(2016/10/25 改版)遠藤周作
  • 『戦国日本と大航海時代 – 秀吉・家康・政宗の外交戦略』中公新書  (2018/4/18) 平川 新

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