[Zuka] 2013年星組『日のあたる方(ほう)へ ―私という名の他者―』

主演の真風涼帆(まかぜ・すずほ)を中心に星組生25名と専科の一樹 千尋が、一丸となって公演を成功させようとしているのが伝わってくる良い舞台だった。原作は『ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件』(ロバート・ルイス・スティーヴンソン)だが、脚本・演出担当の木村 信司氏がかなり脚色していて、どこへ着地するのか判らないジェットコースターストーリー展開。ラストは、タイトル通り、”日のあたる方へ”歩み出す人々の物語になっていて感動的であった。

おすすめ!梅田芸術劇場シアター・ドラマシティ(10月15日(火)まで)・東京・日本青年館(10月25日(金)~10月30日(水))、共にまだチケットがあるらしいので、皆様ぜひ足をお運びください!

プロローグは、かなり刺激的に始まる。「精神医学は役にたたない。精神医学は答えていない。占いの方がマシ」と人々が歌う。なんと挑戦的な!

そしてまた「精神医学は答えていない」という声に、真風涼帆が現れて力強く応じる。「だが、いつか、答える」。

場面が変わる。場所は現代のブラジルである。

精神科医ジキル@真風涼帆は、幼い頃から精神疾患により、他者との意思疎通が困難となっているマリア@妃海 風(ひなみ・ふう)の治療を公開実験で行おうとしていた。マリア@妃海 は、何らかの心的外傷(トラウマ)によって精神を病み、ギリシャ神話の神々の歌を歌い、虚空を見つめ続けるだけの日々を送っている。

だが、マリアの過去の体験を明らかにしようとする公開実験は失敗に終わる。実はジキルにとって実験の失敗は想定内であった。マリアは治療のため渡米したこともあるが快癒せず、彼女を現代医学で治すことは難しいと、ジキルは確信を持っていた。ジキルは、マリアの父親の市長から彼女の治療を託されている立場だが、個人的にもマリアを治したいという想いが強かった。彼はマリアに承認されていない新薬を使うことを考え、まず自分が被験者になって薬を試す。すると、ジキルも気づいていなかった内なる人格・イデーが姿を現した。

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脚本・演出を担当する木村 信司氏が、“二重人格もの”として有名な『ジキル博士とハイド氏』に、タカラヅカ版として大胆な脚色を施した意欲作である。せっかくタカラヅカ版として上演するのだから、脚色はこれくらい大胆でも良いと思う。宝塚歌劇の特徴を知り尽くす座付き作家だからこそ、原作の持ち味を活かしつつ、歌劇カラーを打ち出すことが出来る。

初日終演後の挨拶で、万里柚美組長が、「愛のあるファンタジー」と表現していたが、まさしくそんな感じであった。ミステリ風味のファンタジーなのだが、精神医学について下調べがきちんとしてあり、ファンタジーにリアリティを持たせている。虚構と真実を織り交ぜるのが、上手に嘘をつくコツですね。

真風涼帆がジキルとイデーを大熱演。ジキルから、イデーが現れると、声の高さや表情ががらりと変わる。イデーの時は、スポットライトも青白く変化する演出も功を奏し、イデーが生身の実体を持った人間ではなく、怨霊のような存在であることを感じさせた。真風は、『南太平洋』の王道2枚目やロミオとジュリエットの“死”、ティボルトと幅の広い役を経験しているのが強みだろう。声がソフトで良く通るし、滑舌もよし。フィナーレで踊っている姿に、(どこがどうとはっきりは言えないのだが)柚希 礼音のシャープなダンスを思い出した。組のDNAというか、エッセンスって、こうやって受け継がれていくのかと感慨深かった。

天寿 光希十碧 れいやはジキルの友人。天寿 光希は、経済学者ブルーノで、十碧 れいやはジキルと同じ病院に勤務する精神科医のジョアン役。好青年トリオが良い仕事していた。ブルーノ@天寿 光希は、何かとシリアスなムードになりがちな場面に華やかさと軽やかさを持ち込んで、ジキルの精神的支えになっている。「テレビに出るのは好きだ。でも周囲の望むようなことを言わなきゃいけない気になってくる」(不正確)と椅子に座りこむブルーノを、ジキルとジョアンが上から覗き込んではしゃぐ場面は、3人の友人関係を表していて面白い。ジョアン@十碧 れいやは、同業者としてジキルの無謀さを心配して、何くれとなく気遣うまじめで穏やかな人。十碧 れいやは、顔良しスタイル良しで柔らかで大人っぽい持ち味も良い。あとは押し出しか。さすがに「ポコちゃん」とは、呼べなくなってきたね。

妃海 風は、現在のマリアと5歳のマリアと精神疾患のマリアを巧妙に演じ分けてた。1幕目はほとんど精神疾患のマリアで、虚空を見つめながら、そろそろとさ迷い歩く。2幕目はその三つが全部で、真風に負けず劣らずの難役だったが、これまた大熱演。涼やかなで可憐なロイン像を作り上げていた。すこしアルトよりの柔らかい歌声が相変わらず素敵であった。

プロローグとフィナーレの群舞もキレが良く、思い切りの良いダイナミックなダンスで、星組スピリッツが溢れていた。ダンスはどこがどうと、うまく表現できないのだけど、星組ダンスは集中力がすごい。市民警察署長ファビオ@輝咲 玲央(きざき・れお)が、「持ちこたえるのです、ブラジルのように」と歌う場面は、バックで背が高くてボリューミー(全員男役)なリオのサンバカーニバルが繰り広げられていた。ここも見応え聞きごたえのある場面だった。

 万里組長・美稀 千種副組長の夫婦(ジキルの両親)も素敵だったし、ジェラルド刑事@美城 れんも、役作りがしっかりしていた。『踊る大捜査線』の和久さん(いかりや 長介)のような定年間近のはぐれ刑事。市長役の一樹 千尋は芝居巧者で、やっぱり専科さんってすごいわ。

マリアの妹ジュリアの音波 みのりは、鮮やかな色のドレスが良く似合って活発で明るかった。新しい恋を見つけるのだよ。

シンプルでユニークな舞台セットも、特徴ある歌も、ラテンな照明の使い方もすごく効果的で、総合力のある、まとまりのある公演でした。力作。フィナーレの真風と妃海のデュエットダンスも素敵で、妃海は金糸の刺繍が全面に入ったシンプルで清楚なドレスが良く似合っていた。

大きい写真がある。↓
真風涼帆がふたつの人格を行き来する 嵐のような熱演で魅せる! – インタビュー&レポート | ぴあ関西版WEB 

■主演・・・真風 涼帆

ミュージカル『日のあたる方(ほう)へ ―私という名の他者―』

~スティーヴンソン作「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件」より~
脚本・演出/木村 信司