[Zuka] 月組『エリザベート-愛と死の輪舞-』(1)珠城りょうのトートに寄せて

11月18日に月組東京宝塚劇場公演『エリザベート-愛と死の輪舞-』は千秋楽を迎えました。ちゃぴ(愛希れいか)とすー組長(憧花ゆりの)の卒業を中継でお見送りしました。

遅くなりましたが、憧花ゆりの様、愛希れいか様、ご卒業おめでとうございます。

大人の色香漂うキレキレダンス、響き渡る歌唱、お芝居は落ち着いた大人の女性のすー組長も、さっそうと踊り、明るい笑顔で歌うちゃぴ様も大好きです。幸せと楽しさをありがとう。これからの人生にも幸多きことを、お祈り申し上げます。また劇場で会えることを楽しみにしています!

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本公演では大劇場公演期間中の9月22日から26日まで、フランツ・ヨーゼフ役の月組2番手・美弥るりかが休演しました。

月組公演 『Anna Karenina(アンナ・カレーニナ)』 のポスターでも美弥ちゃんがすっかり痩せちゃって心配なのですが、劇団側のスケジュール管理にも問題があると思います。タカラジェンヌたちは体調管理に気遣い、プライベートを犠牲にして公演に備えています。上級生が休演するというのはよほどのこと。舞台の質を落とすよりはと、休演を選んだ美弥るりかの選択に敬意を払いたいと思います。劇団の管理者は自分たちが代わりに舞台に立てないことを自覚して、彼女たちを守る義務があることを肝に銘じていただきたい。

投稿日: 2018年10月26日 投稿者: 青弓社
第17回 月組、美弥るりか休演に思う
薮下哲司(映画・演劇評論家)

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千秋楽前に東京宝塚劇場で11月11日(日)11時公演(阪急交通社貸切プラン)を観劇してきましたので、その時の記録です。SS席4列目通路側。

司会は美夢ひまりさん(87期元娘役)。皇太后ゾフィーメイクのすー組長(憧花ゆりの)が開演前の挨拶に登場し、明瞭な声で娘役トップ愛希れいかの退団公演であることを話し、立ち去ろうとした(←ちょっと待て、すーさんも退団でしょ!と内心慌てる)ところを、美夢さんがすかさず、すー組長の退団公演でもあることを口添えしてくれた。ありがとうございますありがとうございます。ホッとする私の立ち位置 ^^;

エリザベート冒頭の亡霊たちのコーラスでは、大劇場と変わらず、上手のすー組長の声が突出していて、憧花ゆりのここにありと誇示していましたが、東京では下手の新副組長・夏月のなっちゃん(夏月都)の声も負けじと響いており、月組の娘役は強いからなぁ、がんばれ男役って思いました。

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10回目の『エリザベート』。黄泉の帝王トート(珠城りょう)が、長じてオーストリア皇后エリザベート(愛希れいか)となるバイエルン王国公爵の次女シシィ(愛希)に恋し、その死まで追いかける物語である。

今まで『エリザベート』は、花組(2014年)、宙組(2016年)を舞台で見てあとは映像だが、黄泉の帝王、死の化身であるトートはシシィを早く黄泉に迎えようと狩るもの、追い詰めるもの、陥れるもの、闇に潜むもの、冷酷なもの、恐ろしいもの、というイメージを頂いてた。

それが珠城りょうのトートは違った。シシィを死から救い出すものであり、シシィが過ちを犯しても支えるものであり、シシィの ” その時 ” が訪れるまで見守るものであった。

子どもの頃に木から落ちて死にかけたシシィが黄泉から呼び出した、ドクロを持つ、”死”=トート。長い金髪。頭頂部から前髪は紫からグリーンのメッシュ、白い肌で、ぞっとするほど美しい珠城トートは、シシィが呼び出したパーソナルな ”死” の化身であり、シシィに恋した黄泉を統べるすべての ”死” の帝王の双方を顔を持っていた。

命あるものは死すべき定めにある。パーソナルな ”死” とは誰にでも訪れる「死」であり、個々人の寿命と呼ばれるものである。珠城トートは、シシィの寿命が尽きるまで見守るものであり、黒天使を率いて民草の死を求める黄泉の帝王であった。

そして珠城トートはその体格の良さから男性的な力強さを持ちながら、時として女性性の美しさを表出させて、トートでありながらもシシィ(エリザベート)であるという二面性を具現化した。

名家の縛りのない次女として自由闊達なおてんば娘に育ち、狩りや旅行を愛好する父マックス(輝月ゆうま)が大好きなシシィ。

愛希シシィは、若々しくダンディな輝月のマックスパパに憧れて、無邪気に ”パパみたいに ” を歌い、バート・イシュルでは姉の見合いより初めての土地にはしゃぎ、謎の男ルキーニ(月城かなと)と遊ぶ。子どもから思春期に差しかかった美しい少女。

ゾフィー皇太后(憧花ゆりの)と母ルドヴィカ(夏月都)が相談して決めた、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世(美弥るりか)と姉ヘレネ(叶羽時)のお見合にバート・イシュルまでついていって、フランツに見初められる。

憧れの王子(本物!)から求婚されて舞い上がらない若い娘がいようか。シシィは、はにかみながらフランツがネックレスを首にかけるのを受け入れる。プロポーズされても皇室の生活なぞ想像もつかないけれど、首のネックレスは「とても重い」。

千秋楽まで一週間。シシィになりきったかのような愛希をただ見つめる。無邪気な子どもから憧れと初恋を知った少女への変貌。愛情深い優しい目をしたフランツの遠慮がちな求愛に惹かれて、皇后となるエリザベート。

番狂わせ。不幸の始まり。

だが珠城トートはシシィの過ちを見守る。エリザベートがフランツを選んだと言いながらも、人は必ず死ぬ。エリザベートでさえ例外ではない。最後のダンスは俺のもの、最後に勝つのは俺さ、その時に傍らにいるのは俺(トート)だと見通す。

宮廷の窮屈さと皇太后ゾフィーによる厳しい皇后教育からナイフを手にした愛希エリザベートが歌う、”私だけに” は、子どもの頃に夢見た自分の姿を取り戻したかのように喜び満ち溢れ、名曲を自分のものとして高らかに歌う愛希の笑顔が満ちたり輝いていた。

だが生まれた娘を巡って皇太后ゾフィーとの断絶は埋めることの出来ないものになり、優しいフランツはエリザベートを気遣いながらも皇太后を支持する。愛情深いフランツにも彼なりの考えがあるのだろうが、夫婦の間には壁ができる。

エリザベートはハンガリーで絶大な人気を得る。そして彼女は意を決してフランツに母ゾフィーか私かと選択を迫る。愛するフランツに選択を突きつける痛み。その後に現れた珠城トートは、「今こそお前は自由になれるのさ」と呼びかけながらも、涙にくれるエリザベートに頬を寄せて、彼女を慰め勇気づける。死へ誘いながら、力を与えるかのように見えた珠城トートの衝撃。まだ “その時” ではなかった。

愛希は退団記者会見で珠城のことを「姉のように慕った」と話したが、その言葉どおりに涙にくれるシシィに頬を寄せるトートの姿は姉妹にも見え、照明の力で闇の中に美しく浮かび上がり、一枚の絵のようだった。

第15場シシィの居室に続く、第16場ウィーンの街頭。ルキーニがミルクを「ないものはないんだ」と言い放ち、トートが市民を煽る場面を見ながら、私はふと珠城りょうの大きさを見たような気がして、ふっと微笑んでしまった。

したら、珠城さんに笑ったのを気づかれたらしく(珠城担の友人を介して顔バレしている)、ちらりと見られてぎゃんと思った瞬間に、ゆらりと珠城トートが魔物に変貌した。その変貌に月城ルキーニも反応し、銀橋にずらりと並ぶ民衆の真ん中に民衆を煽る魔物が2匹という光景が出現した。その瞬時の爆発的なエネルギー。すべての ”死” を統べる黄泉の帝王の底知れぬ恐ろしさ。

(幕間に私は珠城さんの底知れなさに嬉しくなり、ついくだんの珠城担の知人に、あと2年位いてくれるといいねえと報告してしまったのだった。かなりヘラヘラしていたことを告白します。)

鏡の間。エリザベートは真っ白なドレスを着こなし、今までの喜びや涙を集約したような透徹した美しさで立ち、美弥るりかの夫フランツに敬愛と矜持を見せる。今のエリザベートにネックレスの重みはどれほどのものだったろう。すれ違いの愛。

ハプスブルク家の終焉が近い。エリザベートを見守ってきたパーソナルな ”死” であるトートのスタンスが変わり始める。1幕ラスト、エリザベートを欲して名前を呼ぶトートの声は激甘で、シシィへの深い愛を感じた。

第2幕第1場Cでの「私が踊る時」。黒天使たちが舞い踊る中現れた珠城トートが、「俺が望む時に(俺の)好きな音楽で俺と踊れ」と命じ、ハンガリー王妃として戴冠し、絶頂期にある愛希エリザベートは「命果てるその時でもひとり舞う」と返す。トートはエリザベートの意思を一旦は受け止め、 ” その時 ”が遠いことを認識し、不機嫌になる。まだエリザベートには死に対抗できるほどの生命力がある。

(珠城の意図とは異なるかもしれないが)エリザベートの意思を尊重し、寄り添って見守る、「追い詰めない」「狩らない」黄泉の帝王トートという姿は斬新だった。

それは愛希れいかのひとつ上の上級生として新人公演をともにし、愛希がトップ娘役となってからは支え、見守り、手助け、コンビを組んでからは頼られ頼り、そして愛希の意思を尊重して卒業を送ろうとする珠城りょうの姿に重なった。

フィナーレの黒尽くめのトート(珠城)と白いドレスのエリザベート(愛希)はBADDYとGOODYでもあるんでしょうか。たまちゃぴコンビの大事な代表作のひとつですね。

ただ1幕前半、何か物足りない気がしていたのも確かで、銀橋で「私が踊る時」を歌う珠城と愛希の姿を見ていて、やはり珠城は、愛希の退団公演であることを意識して知らずと抑制を利かせて彼女を立てていたのかもしれないと思った。『エリザベート』という演目のすごいところは、演者を急激に進化させることだ(演者の苦労も察せられる)。その急激な進化によって珠城の中には莫大なエネルギーが蓄積されている気がした。

愛希れいかの退団後、珠城りょうは月組トップスターとして重責の多くを担うことになる。愛希との間ではフィフィティフィであったものでも、美園さくらとはそうもいかないであろう。そのための力はすでに珠城のうちに蓄えられて発現の機会を、舞台を待っている。

スカステやお茶会などで見る珠城は、ニコニコと明るく謙虚で礼儀正しいが、実は向こうっ気がとても強い。大半の向こうっ気は自分に向けられていて、急速に進化していくのも見ているので、月組トップスターとしてさらなる大成を願っています。男役はやっぱり10年目以降が大事だと思うんだよねえ。さくさく(美園)も実は負けん気が強い気がするので、良いコンビになりそうな気がします。エトワールの赤いドレス姿はとても素敵でした。

『ON THE TOWN』(東京国際フォーラム ホールC)、大劇場公演『夢現無双』『クルンテープ 天使の都』がとても楽しみ。

『エリザベート-愛と死の輪舞(ロンド)-』
脚本・歌詞/ミヒャエル・クンツェ , 音楽・編曲/シルヴェスター・リーヴァイ
オリジナル・プロダクション/ウィーン劇場協会 ,  潤色・演出/小池 修一郎
Original production: Vereinigte Bühnen Wien GmbH
Worldwide Stage Rights: VBW International GmbH