[book] 河童が語る舞台裏おもて(1)

今夏(2013年夏)に妹尾河童さん原作の『少年H』が映画公開されるというので、懐かしくなって、『河童が語る舞台裏おもて』 (妹尾河童 文春文庫)を再読した【→1998年12月感想】。残念ながら品切れ重版未定(絶版)なので図書館か古本屋で探しましょう。新潮文庫から出ている『河童が覗いた』シリーズは健在で嬉しい。

妹尾河童さんは、1930年生まれの今年83歳。舞台美術家として知られているが、ち密な手書きイラストが掲載されたエッセイ『河童が覗いた』シリーズ、自分の少年時代をもとにした自伝的小説『少年H』など著述家としても有名で、あおきもどちらかというとエッセイストとしての妹尾河童ファンだった。

その妹尾河童さんの舞台美術家としてのらつ腕ぶりと著述家としての軽妙な文章、そしてイラストレーターとしての腕前を知ることができるのが本書。一冊で3度美味しい。

舞台裏は、関係者以外の目にさらされることは余りないが、舞台の何かが行われている場所である。舞台裏を覗くということは、マジックのタネ明かしに等しく、知ってしまえば、「枯れ尾花*」ということも有り得る。それでも、見たい知りたいと思うのは、人の子として当然だ!(←大げさ)

編集者に頼み込まれて舞台裏を案内することになった河童さんが最初に紹介するのが、「”回り舞台”は日本で発明された」という舞台機構の歴史である。回り舞台は江戸時代中期(1700年頃)に狂言作者が考案し、歌舞伎舞台で発展したようである。ヨーロッパに回り舞台が登場するのは19世紀終わり頃で、日本の回り舞台を模倣したものだという。

新歌舞伎座で使われる回り舞台は、「直径18.18メートル。舞台面からの深さは16.45メートルでビル5階分」という巨大なもの。
回り舞台、深さビル5階分 歌舞伎座新装へ準備中(朝日新聞 2012年3月26日)

宝塚大劇場でがんがん回る舞台を見慣れていると、回り舞台のない場面転換って難しそうと思ってしまうくらい、回り舞台は素早い場面転換が可能であり、舞台に乗っている一切合切が一瞬で移動していくという劇的な効果も出る。河童さんは、廻り舞台が舞台に2基あるサンシャイン劇場の双子廻しや閉館した新宿コマ劇場の三段が回り上がる三重廻り舞台などの経験も交えつつ、回り舞台の万能選手ぶりを賞賛する。

河童さんは、設備的に舞台上演向きではなく、回り舞台もない日比谷公会堂を使った公演で素早い舞台転換を可能にし、「転換の河童」と呼ばれるようになる。その話をする河童さんからは現場の人ならでは率直な言葉が出る。

本当のことをいうとね。どんなに舞台美術家が考えたプランでも、現実の舞台の裏はその計画通りにいくものじゃない。裏の現場での判断や微調整、さらに舞台全体を仕切っている舞台監督の力量や、裏の人たちの経験的な勘で、プラス・アルファが相乗して成立しているものなんだ。舞台は、計算では出ない答えを、みんなで出すところが面白いんだけどね。転換がうまくいっている場合、実際の功績は、裏の人たちにあるんだよ。これは月並みな社交辞令ではなくて…

 この端々に出る、現場の人ならではの、舞台裏で活躍する人達の話が本書のキモ。

河童さんは、「舞台の仕掛けや作り物の道具類の”本物らしさ”は、『虚構』をイメージの世界の『真実』にすることを助ける」と述べる。そして「舞台に興味を持ってもらいたい」と、大道具や小道具の制作会社や衣装会社などを案内し、照明の工夫まで教えてくれる。

舞台表現の妙は、観客を「いかに騙すか」。採算を度外視してまで、小道具づくりに凝る小道具会社の人たちは、「まず役者を騙したい」、そして「役の気分にさせたい」という。それが観客の驚きや喜びに繋がるからだ。本当に舞台裏の人達って、人を騙すことに見境がない、ということが良く判った。

読み終わった後は、舞台を愛する職人達にお礼を言いたくなる。

「いつも華麗に騙してくれて、ありがとう」。

*幽霊の正体見たり枯れ尾花(故事ことわざ辞典)

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