[Zuka] 星組公演『オーム・シャンティ・オーム-恋する輪廻-』

1月に国際フォーラムで上演され、7月22日(土)~8月7日(月)まで梅田芸術劇場メインホールで再演の『オーム・シャンティ・オーム -恋する輪廻-』(略称おシャンティもしくはOSO)。チケットの売れ行きが芳しくなかったようですが、国際フォーラム上演時に梅芸上演も公表しておけば、観る側のスケジュールが組みやすかったのにな、と思いました。ちなみに花組の花組公演 『Ernest in Love』も梅芸2階で観劇したときは空席がかなりあったので、やはり約2週間の公演期間中、1905席を埋めるのは難しいのだろうと推測します。

いきなり告知されたイベント「マサラ・ナイト」はものすごく楽しかったし、千秋楽は当日券完売の大盛り上がりで、終わりよければ全て良しでしたけれどね!(経営的にどうかは知らないですw)。

1月はバウ『燃ゆる風』との振り分けだったのが、7月は梅芸DC/青年館『阿弖流為』との振り分けで、半分以上のキャストが変わりました。ただ主演コンビが同じであるため、DVD及びスチール・舞台写真は販売されないということです(TCAピクチャーズからの回答)。CS(スカイステージ)の撮影は行われているので、1年後くらいに放送があると思われる。(参考:宙組博多座公演『王家に捧ぐ歌』が2016年5月上演、2017年5月CSファーストラン)。

『オーム・シャンティ・オーム-恋する輪廻-』

 キャスト一覧 1月 7月
オーム・プラカーシュ・マキージャー / オーム・カプール 紅 ゆずる
シャンティプリヤ【女優】/サンディ 綺咲 愛里
ムケーシュ【プロデューサー】 礼真琴 七海 ひろき
べラ・マキージャー【オームの母親】 美稀 千種
ヴィミー【レポーター】 白妙 なつ
ラージェシュ・カプール【オーム・カプールの父】 壱城あずさ 天寿 光希
アンワル【カプール家の秘書】 瀬稀 ゆりと 大輝 真琴
ラージェシュ・カプールの妻 愛水 せれ奈
スバーシュ・ガイ【映画監督】 如月 蓮 瀬稀 ゆりと
シャバナ 紫月 音寧
リシ・ガイ【スバーシュ・ガイの息子】 十碧 れいや
パップー【オームの親友】 瀬央 ゆりあ 麻央 侑希
キラン【ミッタルの娘】 紫 りら
SP 漣 レイラ 紫藤 りゅう
助監督 拓斗 れい
ミッタル【撮影所所長】 夏樹 れい 朝水 りょう
カリシュマ 華鳥 礼良
オームの影 綾 凰華 彩葉 玲央
プリティ 小桜 ほのか
SP ひろ香 祐 遥斗 勇帆
ドリー【女優】 夢妃 杏瑠 星蘭 ひとみ

再演では、紅ゆずるのオーム・プラカーシュ・マキージャーの「面白さ」度合いが激増していた。

プロローグ後の撮影所の場面で、オーム・プラカーシュ・マキージャーは、パップーに言われる。

  • お前はいつかスターになる! ←うん
  • いかしたヘアスタイル ←べったり撫でつけられたヘアスタイル
  • 個性的な動き ←「両手を前に突き出してぶらぶら」って、へ?
  • 溢れ出す面白さ ←「きえええ」って、え?

プレお披露目だった公演でこんな褒め言葉をかけられるトップスターは珍しくないですか。再演では、髪型も演技もパワーアップして、かなり個性的だった。お芝居は派手になり、顔芸や動きが先鋭化していた。額に汗を光らせながら、オームを説得しようとするパップー麻央侑希と不器用な真面目さや面白さのテンポがピッタリだった。

綺咲愛里の女優ぶりが増し、七海ひろきのムケーシュの色男ぶりが先鋭的だったので、紅さんは全体を見て判断したのかもしれない。彼女はそういう事ができるリーダーだ。

私は1幕のオームの優しさが大好きで、このオームを演じられる紅さんを役者として格好良い人だと思ったが、タカラヅカ的な美しさや格好良さとは異なるために、たぶん好みが分かれる。紅さんが考える「格好良さ」については2017年歌劇8月号で知ったが、オームも彼女の「格好良さ」が具現化したものなのだろう。

あーちゃん、綺咲愛里のシャンティプリヤは落ち着きと貫禄が増し、2幕のサンディは愛らしさが増していて、インド音楽は難しそうだが歌唱力も向上した。紅さんとちゃんとしたラブロマンスが出来る作品が来れば良いのに(ベルリン我が愛か)。イベント告知であーちゃんにデレデレする紅さんとにこにこウキウキのあーちゃんが可愛かった。

七海ひろきのムケーシュは、キャストが変わると舞台は別の物になる、という体験を堪能させてくれた。礼真琴のムケーシュも好きだったが、七海ひろきのムケーシュは全く別物だった。

礼真琴のムケーシュは冷淡で人嫌いで正直で合理的な男であった。たぶんこの人は外面が良いエゴイストで他人に対しては愛も夢も持っていない、邪魔になるものは容赦しないだろうと思わせる演技だった。童顔と言われるが、ビジュアルはムケーシュの若い頃も老け役も似合っていた。30年の月日は外見だけに訪れ、性格は変わらなかった。そして映画版を踏襲すると、ムケーシュはそれ(単純)でいいのだ。瀬央ゆりあの明るく前向きなパップーと合わせて、1月の国際フォーラム版はそれでこそ全体のバランスが取れていた。

七海ひろきのムケーシュは業が深く、愛憎深すぎる男だった。綺咲 愛里のシャンティに「あなたはお金の事ばかり」と非難されつつ、資金集めはプロデューサーの重要な仕事であるよ、同業者だから話しているんでは、と思って観ていたが、渾身を傾けている大事な映画の主演にシャンティを据え、代役は立てないというのは、大女優への最大のリスペクトであり、夫として美しい妻を誇りたい気持ちもあったとは思う。だが、ここで妻のために全てを失うことは、これまで犠牲にしてきたものも、自分自身をも否定することになってしまう事だったのかもしれない。

「撮影所の下働きから這い上がった」という設定は宝塚版のもので映画版ではないが、日本で上演するにはそういう動機付けも必要になるのだろう。七海ひろきのムケーシュの行為は性格ではなく、彼自身が生きてきた年月の中で創り上げた思想・理念・ポリシーに基づくものであった。

七海ムケーシュは、綺咲シャンティに、セットで結婚披露宴だと言い、大勢の客がやってくる、40人のオーケストラが君の好きな音楽を奏でる、ここでは噴水を作る、シャンパンのね、シャンデリアの下には祭壇!永遠の愛を誓う、とひたすら明るく夢を語る。私はこの場面の七海ムケーシュに戦慄していた。夢を見ても信じない夢。愛しても信じない愛。

30年後にハリウッドからインドに戻ってきたムケーシュはハリウッドで人生を享楽的にエンジョイし、余裕と凄みを隠し持っていた。『バラ色の人生』は彼が犠牲にしてきたもの、踏みつけにしてきたものに対する最大の返礼なのかもしれないと考えたりした。「お前の犠牲は無駄にはしないぜ」的な?

七海ひろきのムケーシュの悪は性格ではないために変化する。故にそのルーツを知りたくなる。悪ゆえに魅力的な男というのは人を惹きつけるものである。

(私は焼かれたくないけれどね!なんだかんだ言って、結局、保険金殺人なんじゃーん!!←オーム・カプールの証言)

かいちゃんの歌がね、芝居歌になっていて、ムケーシュの影を率いて踊る振付(AYAKO先生)も素敵で本当にかっこよかった。好き。研15だしね。そりゃ積み重ねよね。歌については『燃ゆる風』あたりからグッと良くなったので(きーちゃん、真彩希帆ちゃんありがと!)、持ち歌が増えることがあっても頑張れるよね!ドンとこい!