[Zuka] 2015年月組『舞音—MANON—』(1)

10月~12月は繁忙期で、なかなかblogに手がつけらず、とうとう年末に突入してしまいました。来年は、まとめて書こうと思わずに五月雨式に書く方式に切り換えようと心しています。

『マノン・レスコー』(アベ・プレヴォ作)を題材にした植田景子氏のオリジナル・ミュージカル『舞音—MANON—』。観劇は3回だったが、回を重ねて見るたびに、解釈が深まり、それぞれのキャスト達が心のひだまで現そうとしていて、月組の充実ぶりが伝わってきた。

と思っていたら、大劇場公演千秋楽翌日に龍真咲の退団(2016年9月4日付け)が発表された。退団をファンとしては悲しむのがセオリーだと思うが、退団記者会見での真咲さんのご機嫌の麗しさに、またその充実ぶりが感じられて泣き笑い。ファンの涙を見事に笑顔に反転させた龍真咲に、トップスターとしての抜きんでた力を見たのだった。

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『舞音-MANON-』の世界】によると、時代は1929年、フランスの支配下にあったインドシナ連邦の中心地ベトナムである。原作の舞台であったフランス→アメリカから、インドシナ連邦ベトナムに拠を移し、龍真咲演じるフランス人将校シャルルと愛希 れいか演じるベトナム女性マノンの関係を中心に描いたラブストーリーで、植田景子氏の世界観が反映されたオリジナル・ミュージカルに仕上がっている。

物語はラブストーリーにインドシナの植民地独立運動を絡め、フランス人とベトナム人の間に生まれたマノンとその兄クオン(珠城りょう)の複雑な生き様を描くことによって、立体感のある世界観が構築されていた。座付き作家 植田景子氏の真骨頂かなと思う。演出も音楽もマッチしていて美しい。

タイトルこそヒロインの「マノン」であるが、主役は紛れもなく龍真咲演じるフランス人将校シャルルである。
シャルルがマノンを通してフランスの植民地政策に揺れるインドシナの人々に出会い、マノンを愛した事で、全てのしがらみから離れて、自分の生き方を見つめる。

ストーリーは人の心の非常に繊細な部分を描いた深みのあるもので、原作の『マノン・レスコー』と同様に、本作も、事象は全てシャルルの視点で描かれており、マノンの想いは、シャルルを通してのみ現される。

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メコン川を想起させる波打つ白い布を背景に、水の精霊達(萌花 ゆりあ、玲実 くれあ、咲希 あかね、星那 由貴ら)が踊り、シャルルの中に生まれたもう一人のシャルル(美弥るりか)が登場する。もう一人のシャルルは、「真実の心」であり、「彼の運命を導く者」であるという。

美弥るりかの演じる「シャルルの真実の心」は、セリフがなく、佇み方一つとっても、シャルルと同じようでいて同じではなく、人ではない幻想感を醸し出している。「シャルル本人がまだ理性で自覚していない、心に芽生えたばかりの感情部分のシャルルなのか」と思って見ていたが、存在自体が曖昧模糊としており、とても難しい役である。

S1Cでサイゴンの港についたシャルル(龍)が、「もう一人の私が目覚める」と歌いながら銀橋を渡る背後の本舞台で、水の精霊達とともに、「シャルルの真実の心(美弥)」は、顔と身体の動きで情感を表現しながら、シャルルの心象として踊る。この場面は、龍真咲の歌声とコーラス、そして幽玄で深淵を感じさせる水とその精霊達と踊る美弥るりかのダンスが一体となって、とても居心地の良い、身体の中から静かな興奮を呼び起こす空間の広がりを感じた。生の舞台の魅力に取り憑かれるのはこういう時である。

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インドシナ駐在を命じられたフランス海軍将校シャルル・ド・デュラン(龍真咲)は、コーチシナ・サイゴンの港に降り立つ。フランス貴族の血を引くシャルルは、インドシナ総督ド・ルロワ夫妻(飛鳥 裕、白雪 さち花)の一人娘カロリーヌ(早乙女 わかば)と結婚話もあり、前途有望のエリート軍人であった。

そしてシャルルは、サイゴンにあるダンスホール『La Perle』で、踊り子マノン(愛希 れいか)と出会い、一目で恋におち、その場でマノンの手を取ってダンスホールから列車に乗り込み、避暑地のホテルで一夜を共にする。

このS3Bの避暑地のホテルでの場面は、シャルルとマノンのすれ違いが現されていて、秀逸。マノンへの激しい愛を誓うシャルルに対し、シャルルの本気度を信じ切れないマノン。見るからに育ちの良いフランス人将校が現地の女に手を出すことなど良くある話である。この場面での二人の溝は、一緒に暮らすようになっても埋まらず、それがシャルルの社会的な凋落に繋がっていく。