『月雲の皇子』を観た時から、上田久美子氏が役者の個性に合わせてあて書きすると、どうなるのだろうと思ってましたが、『翼ある人々-ブラームスとクララ・シューマン-』は絶妙の配役で、珠玉の作品でした。
ドイツ・ハンブルク生まれのヨハネス・ブラームスは、独身のままウィーンで亡くなった(1833-1897)。ブラームスが物心ついたとき、ヨーロッパの音楽界にベートーベンはすでになく(1770-1827)、ショパンもブラームスが長じる前に没していた(1810-1849)。”楽聖”ベートーベンが音楽界に残した足跡はあまりにも大きく、音楽家達はベートーベン亡き後の道を探しあぐねていた。ブラームスは音楽を父親から手ほどきを受けたが、音楽家の家系でも貴族でもなく、彼は居酒屋でピアノ演奏をして生活費を稼いでいた。
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★ネタバレ警報★ややネタバレ
ブラームスが、シューマンを訪ねたのは、秋の初めのことだった。
木立が見え、木の葉がひらひらと舞い落ちる。
ヨハネス・ブラームス(朝夏まなと)が中央に登場する。風を舞う木の葉のようにクララ・シューマン(怜美うらら)が、ヨハネス(朝夏)の横をかすめる。
クララ(怜美)は決して、ブラームスに触れることはない。風を切ってブラームスの前を横切り、枯れ葉のように舞う群舞(コロス)と踊る。
ロベルト・シューマン(緒月遠麻)が躍り出て、ブラームス(朝夏)とコンビネーションで踊る。ここでの振り付けは、バレエの動きが基本となっていて、二人ともしなやかに軽々と跳んでいた。
場面が切り替わり、ハンブルクの酒場が姿を現す。酔客と娼婦で占められる店で、20歳のブラームス(朝夏まなと)はピアノを弾いていた。契約した時間になり、曲を途中で切り上げて立ち上がるブラームス(朝夏)。ぷつんと止まった音に女将ヴェラ(花音舞)は、やれやれという顔をするが、酔っ払い(風羽 玲亜、松風 輝)がブラームスに続きを演奏するよう絡み、殴り合いが始まった。酔っ払いが、ブラームスの手を酒瓶で叩きつぶそうとした、その瞬間にバイオリンの音が響き渡り、一人の男が演奏を始めた。毒気を抜かれた酔っ払いを、ヴェラや娼婦達が宥め、ブラームスは解放された。
男は、ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒム(澄輝 さやと)と名乗り、ブラームスに「本気で音楽をやる気はあるかい」と問うた。
この第Ⅰ幕第1~2場までの流れが秀逸で、ここですでに観客は、場末の酒場で享楽に溺れる人たちを横目に行く場のない想いでピアノを弾いていたブラームスが、かたくなで人付き合いは悪いが、音楽を切望していることを知る。酔っ払い役の風羽 玲亜と松風 輝が迫真の演技でドキドキしたのだが、ヨーゼフ(澄輝 さやと)が助けに入ったので、ホッとした。(酔っ払いさっつんは美形すぎて恐ろしいほどの凄み)。
澄輝 さやとにとって、良いのか悪いのか判らないが、澄輝は主人公を良い方向に導く役どころが多いという印象があり、あっきーが登場すると安心感があるのだ。あっきー♡←役どころが偏っているということで、役者としては良いことではないんだろうなぁ。
ヨーゼフ・ヨアヒム(澄輝)の紹介で、ブラームス(朝夏)は、作曲家ロベルト・シューマン(緒月遠麻)に住み込みで師事することになる。この頃のシューマンは音楽界に台頭してきたリスト(愛月 ひかる)やワーグナー(春瀬 央季)とそりが合わず、音楽活動は停滞していた。持病である精神の病も悪化し、家計は、ピアニストである妻クララ(怜美うらら)の演奏会による収入に頼っていた。そんなシューマンにとって、ブラームスの来訪は福音だった。そしてブラームスにとっても、「君は自分の音楽に自信を持ちなさい」と言ってくれたシューマンは何ものにも代えがたい存在となった。
シューマンは、クララにもブラームスを支援するように願う。ブラームスは、クララの子守を手伝いながら、ピアノの練習に励み出す。
第6場ではシューマンとブラームスが連弾するのが良いシーンで、すごく好き。シューマンは、クララに黙ってこっそり買ったベートーベンの手書きの楽譜をブラームスに見せる。「クララはケチなんだ」とかシューマンは言っていたが、シューマンは音楽に関することなら本当に子どものようになってしまうことを表しているエピソードだなと思った(史実かどうかは判らないけど、さっき稼ぎがない作曲家とか言ってたじゃんw)。
楽譜は子どもたち:エミール(秋音 光)、フェリックス(花菱 りず)、ユリー(遥羽 らら)が遊び道具にしようとするのだが、シューマンが注意したので、長男エミール(秋音 光)がちゃんと揃えて綴じ込んでいた。公演が終わった後から考えると、宝物のような大切な場面で「幸せな時」だった。
この一家を取り巻く人々に家政婦のベルタ(鈴奈 沙也)、クララにピアノを習いに来ているルイーゼ・ヤーファ(すみれ乃麗)、ヴァイオリニストのヨーゼフ・ヨアヒム(澄輝 さやと)、作曲家のユリウス(美月 悠)を配し、シューマン一家がささやかでアットホームな幸福を望んでいるのが表現されていた。
この後、ブラームスは、ライプツィヒに屋敷を構える「音楽界のご意見番」ホーエンタール伯爵夫人(純矢ちとせ)の夜会で、シューマンとクララの音楽が「時代遅れ」と社交界から冷たい目で見られている事を知る。社交界では、華やかで超絶技巧のフランツ・リスト(愛月ひかる)の演奏が流行し、オペラの分野ではリヒャルト・ワーグナー(春瀬 央季)が頭角を現していた。
シューマンの病状は悪化しており、伯爵夫人(純矢)の夜会で倒れてしまう。ブラームスは、シューマンとクララにとっての自分の存在の重みを考え始める。
終わらなかった。続きます。