[Zuka] 2013年月組公演『月雲の皇子』

5月にバウホールで上演され、好評のため東京特別公演として再演された『月雲の皇子』は「古事記」の中にある「衣通姫(そとおりひめ)伝説」を題材にしたものである。月組若手達の熱演で、12月公演はさらに磨きが語っていた。→【5月公演の感想

幕が上がってすぐに、この作品の脚本・演出は長い年月をかけて練り上げられたものだということが判った。構成にも、キャスト達の口から流れ出る言葉にも無駄がない。何度も何度も推敲し、研ぎ澄まされたのであろう美しい台詞の数々。上田久美子氏が愛情を込めて紡ぎ上げた歴史ロマンである。

月雲の皇子@天王洲アイル劇場
月雲の皇子@天王洲アイル劇場

☆ネタバレ警報☆

最初に衣通姫の乳母である蜻蛉(夏月都)によるナレーションで「衣通姫伝説」が語られる。このナレーションは夏月がしわがれて低い年老いた女の声でしみじみと語り、観客を一気に古事記の世界に引きずり込んだ。

時は允恭(いんぎょう)天皇の御世、皇后大中津姫(琴音 和葉)を生母とする第一皇子の木梨軽皇子(珠城 りょう)と第三皇子の穴穂皇子(鳳月 杏)は格別に仲が良かった。また二人は妹の衣通姫(咲妃 みゆ)を大切に思い、共に守ろうと誓っていた。しかし、允恭天皇の後継とみなされていた木梨軽皇子は衣通姫との姦通を疑われ、皇位を穴穂皇子に奪い取られる。そして衣通姫は三輪山の巫女の職を解かれ、木梨軽皇子は伊予に流刑となる。この伝説のラストは諸説あるが、蜻蛉(夏月)は「今となりましては、去りゆきし方々の遠くおぼろげな伝説でありまする」と古き哀しげに締めくくるのだった。

そして伝説が始まる。

時の大王(おおきみ)である允恭天皇は病で長く伏せっており、後継者としては、第一皇子の木梨軽皇子(珠城)と第三皇子の穴穂皇子(鳳月)が有力視されていた。木梨軽皇子(珠城)は、心優しく争いより歌を詠み、人と語らうのを好む穏やかな人柄で信望を集めていた。穴穂皇子(鳳月)は、剣を操れば勝てる者はおらず、先頭に立って雄々しく戦う勇敢さは人々を魅了した。

その頃、大和朝廷は、大王に恭順しない各地の豪族と対立し、豪族を土蜘蛛と呼んで激しく争っていた。中でも豪族・葛城氏は大和政権を脅かしうるほどの強大な勢力を誇っていた。大和の者達は、「土蜘蛛は心のない化け物である」と蔑み、虐げ、争いは激化する一方であった。木梨軽皇子は同じ人である「土蜘蛛」を討ち果たすのにためらいを覚えるが、穴穂皇子は、「兄上を助けて、この美しい島を強い国にする」ことを夢見て、積極的に土蜘蛛討伐を行っていた。

性格は正反対であったが、二人は幼い頃から仲が良く大事な約束をしていた。それは三輪山の巫女の座についている妹の衣通姫(咲妃)を慈しみ、守ることであった。実は衣通姫は、二人がまだ幼い頃に好奇心で紛れ込んだ土蜘蛛討伐で拾ったのみなし児だったのだ。

そして、三輪山で神に仕える巫女として暮らしている衣通姫が大和に里帰りするとの報に二人は色めき立つ。幼い頃はお転婆で二人の兄の行くところにはどこにでも-男子のみが入れる学問所・史部(ふひとべ)にまで付いて来た姫だったが、三輪山の巫女となった今は、男性と話すのは禁止されている。三輪山から外に出ることも滅多になく、里帰りは久方ぶりであった。姫の歓待の宴で舞い比べを行う兄弟の前に、衣通姫は物静かで、たおやかな美しい女性になって現れる。

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ストーリーは、「一人の女性を巡る兄弟の争い」に、土蜘蛛との闘いや皇位争いを絡めたオーソドックスなものだが、いくつもの小さなエピソードが組み込みこまれ、個々の人となりや思考の道筋を描き出し、物語に膨らみを持たせている。そして、それぞれが伏線となり、幾層も折り重なって、結末に向かって進んでいく。見せ方(脚本・演出)が非常に巧みである。

気になるのは、2幕の流れに説得力が弱い面があること。私的ポイントは2つ。一つ目は伊予に配流された木梨軽皇子が、土蜘蛛たちに自分を「オオキミ」と呼ばせ、大和朝廷を倒そうとする動機が不明瞭なこと。木梨軽皇子自身がその動機を語ることはなく、土蜘蛛たちが、「この島に来た当初は作物の作り方を教えてくれたり、優しかったが、途中から変わり、武器を造るようになった」と話し、衣通姫が穴穂皇子(即位後は安康天皇)の妻となったのが知ったのが変貌のきっかけであることを匂わす。が、木梨軽皇子は無謀とも言える戦いをなぜ先導したのか。この辺りは説明不足だったように思う。

二つ目に、衣通姫は大中津姫(琴音)の助けを得て穴穂皇子のところから逃げだし、木梨軽皇子の元にはしる。そして土蜘蛛と大和軍勢の戦いで、土蜘蛛の少女パロ(晴音 アキ)を庇い、崖から落ちて死んでしまう。木梨軽皇子は、パロからその事実を聞いた後に穴穂天皇に倒される。このラストがちょっとモヤモヤした。心中とか自害とか後追いとか好ましくないんだけど、タカラヅカ的な王道で言うと、「死ぬときは一緒に」なのでねえ。土蜘蛛はほとんど全滅し、穴穂は木梨と衣通姫を失って、もはや修羅の道を歩むしかなくなってしまう。二人の皇子があんなに大事にしていた衣通姫の死に目に会えず、あまりにもあっけなく、あっという間で…やり切れなさというか不全感が残ってしまったのだった。感情がぷっつりと切れてしまって、陶酔感が一気に冷めた感じである。むー。

ただ戦いの終盤に、伊予の蜘蛛族を束ねる女戦士ガウリ(咲希 あかね)が叫んだ木梨への感謝の言葉は、清々しく、迷いが吹っ切れており、爽快感を感じた。

大王、感謝する。私たちはもう隠れない。あんたが蜘蛛に飛ぶことを教えてくれた。今は飛ぶさ、月までも!!

伊予の土蜘蛛たちと大和朝廷との戦いの是非は問えない。土蜘蛛たちが全滅に瀕した戦いを決して肯定はできない。だが少なくともガウリ(咲希)は自分達の生きる術に確信を持ったのだと思えた。それは救いではあった。

気になる点をいくつか書いてしまったが、基本的に上質な佳作で再演されれば観に行くし、DVDが出れば買うさ。これがバウホール・デビュー作とは思えない上田久美子氏の次回作は、『翼ある人びと―ブラームスとクララ・シューマン―』。宙組・朝夏 まなと、緒月 遠麻、伶美 うららが主要キャストなので、たいへんに楽しみである。

天王洲 銀河劇場公演 公演期間:12月17日(火)~12月24日(火)
月組■珠城 りょう、咲妃 みゆ、鳳月 杏
バウ・ロマン『月雲(つきぐも)の皇子(みこ)』-衣通姫(そとおりひめ)伝説より-
作・演出/上田 久美子