ビール祭りが賑やかに開催されているハンブルクに到着したフランクフルト号の乗組員達が、街一番の安酒場プローストに立ち寄る。
船乗りのカール・シュナイダー(紅ゆずる)はそこで金髪の若い娘マルギット・シュラック(綺咲愛里)に出会う。
開演。銀橋に板付きで、つば付きの白いマリンキャップと船員バッグを抱えたカール・シュナイダーが、深い吐息と共に『鴎の歌(霧深きエルベのほとり)』を歌い出す。マルギットに別れを告げ、水夫仲間にも話せない思いを鴎に託してハンブルクの港から出港する。
初日に低く重い声で憂いを帯びた瞳の紅ゆずるが歌いだした途端にカールだと思った。歌声に乗せた繊細な心のうちが胸を打つのだ。星組による『霧深きエルベのほとり』の再演の成功を確信した瞬間だった。
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場面が切り替わり、大階段が設置された舞台にビア祭り(ビール祭り)の民族衣装を着た星組子が並んでいる。めっちゃいい声を響かせて跳ね跳ぶのはマスタードイエローのベルベットジャケットと細身のパンツを着た礼真琴。ビール祭りはブラボー。星組子群舞にビア祭りのメイド服を着た綺咲愛里が登場して歌い出す。めちゃ可愛い。何を着ても似合う。
さすがお正月公演、華やかだなぁと思っていたら、大階段の真ん中が開けられ、誰かひとりで降りてきた、と思ったら、グリーンのベルベットジャケットを着た七海ひろきでした。びっくりしました(;・∀・)。そして有沙瞳とデュエット。階段を降りて音波みのりと踊りだし、リフト。琴ちゃんがひとりでガンガンに踊りまくっているのに、娘役を必ず伴うひろきどの。さすがトキメキとうるおいのひとです。
その後に赤いベルベットジャケットを着た紅ゆずるが、礼真琴と七海ひろきを率いて大階段を降りて(めっちゃカッコいいトライアングル)、総踊り。
ハンブルクの街で1週間ぶっ通して行われるビア祭り。この後にも大捜索の第8場でビヤ祭りの麗しの女王(万里柚美)を中心にドレスの女たちが銀橋にずらりと並び、祭りの男女が踊る。豪華で華やかなお祭りが街中で繰り広げられる。
祭りの狂騒とビールの泡のような刹那的な恋。
その真っ只中に降り立った水夫達が主役の物語である。
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『身分違いの恋』というと差別構造の物語になっていくのが観ていて辛いところ。被差別者はたいてい社会的弱者で貧富の差もある。
本作はいつ頃の時代設定なのかなと思うのですが、近代から現代への移行期?日本だと明治から大正くらい?
『マイ・フェア・レディ』(1963年初演演出:菊田一夫)や『ミー・アンド・マイガール』は主役がその差別構造から這い上がる物語だけれど、社会的な差別構造は残されたまま終わる。この構造の改変にはフランス革命やロシア革命、明治維新のような革命が必要とされたわけですよ。あと第二次大戦後の日本とか。社会の大混乱必須。(星組だと桜華とスカピン!)
マルギットの父ヨゼフ・シュラック(一樹千尋)は「船乗り風情が」と吐き捨てるように言い、1月号の歌劇座談会で上田久美子氏は「船乗りは道を外れた社会的弱者たちで」とコメントしている。
安酒場プローストにどやどや入ってきて自己紹介をする、水夫たち。エンリコ(紫藤りゅう)とリコ(天華えま)の兄弟、オリバー(麻央侑希)、マルチン(瀬央ゆりあ)、トビアス(七海ひろき)、カール・シュナイダー(紅ゆずる)。カコイイ名乗りあげから、海の男達の歌と踊りに入る。ここカコイイよね。みんな貨物船の乗組員たち。
プローストでカールに惚れ込んで追っかける少年ヨーニー(天飛華音)が、「船乗りは危険だから稼ぎがいい」、「男の一生の仕事じゃない」と身も蓋もなく言っていますが、船旅は陸路よりもリスクが高い。悪天候による遭難や座礁、沈没、船同士の衝突。プローストの看板娘ヴェロニカ(英真なおき)の夫のように帰って来ないこともある。
貨物船の水夫は甲板員だから下級船員なわけですが、出稼ぎみたいに一時的な稼ぎ場所という人達も多かったのかなぁ。カールとトビアスはその中でも中堅どころのアニキクラスだと思うのですが、この2人はね、陸に上がっても、またいつでも船に戻ってやるぜ、みたいな逞しさが見える。各地を周り見聞を広める海の男の誇りがしっかりとあって、周りを見ているし、機転も利く。
カールはマルギットが水夫(拓斗れい、朝水りょう)に連れられて入ってきて、テーブル席に座ったら、目ざとく見ていて飲みながらその方へ近づく。「身なりの良いお嬢ちゃんがあぶねえな」という風情。水夫同士で、どっちもあぶないぞうと思うけれど、カールはマルギットが嫌がらないようにエスコートしていく。この場面だけで、カールの世慣れた頭の良さがわかる。女慣れもしてそう。
船乗りは危険な職業だけれど、大航海時代は貿易の主役だったし、未知の場所を開拓していく冒険家の側面も持っていた。カールの通り名である「カサブランカのフカール」からするとフランクフルト号は国際貿易船なのか。フロリアンが言う通り、リューネブルクの上流階級の人々はモロッコの都市「カサブランカ」にピンとこない。フロリアンは「学があるから」、頭では理解できているのだ。貿易の重要性や航海の危険性を。マルギットのために船を下りて陸に上がるカールの男気を。
カールは初対面の人には自己紹介して挨拶するし(声でかい)、水夫たちは社会の雑踏の中で人を相手に生きている。
トビアス(七海)はそんなカールの良い相棒なのかもしれない。カールが博打でスッて、エンリコ(紫藤)が金を貸していると嘆いている時に、トビアスは「何をやってるんだ」という顔で聞いているけれど、この2人は長い付き合いんだろうなぁ。トビアスがベティ(水乃ゆり)を構うきっかけも「カールの妹」でしょう。それだけで身元が保証された気立ての良さそうなベティ。ベティのドタバタ走りが田舎娘の垢抜けなさを出していて面白い。
トビアスも女慣れしているけれど、川への石投げをベティにさせるために石を握らせるところは自分の妹に教えているみたいに自然で警戒心をおこさせない。マチアス(瀬央)も意外に純で、ビールの泡のような恋は港に着くたびにしているんだろうけれど、芯はしっかりしていて堅実なのがタカラヅカの水夫たちの良いところ。
カールもトビアスも決めたら迷わないで突き進んでいくのが、「雑に勢いに任せて生きていて」。原始的な海に生きるエネルギー。それがカッコいいわけですよ。