若手のためのバウホール公演、今回の主演は、雪組の彩凪 翔(92期)。『春雷』は、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』を、原田 諒氏がタカラヅカ版に脚色したもの。パンフレットで、原田氏は「いささか原作を膨らませすぎた感はあれど」と述べており、原作とは若干、異なる様子である(原作未読)。
タカラヅカ版『春雷』の主人公は作者のヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ@彩凪 翔である。時代は、18世紀末(1772年)。弁護士の研修を終えて自宅に帰宅したゲーテ@彩凪は、自分が以前に書きためた原稿を見て、自分の失恋体験を文章に残すことを思いつく。
彼は、友に宛てた手紙という形式で、「若きウェルテルの悩み」という小説を書き始める。
ワイマールの宮廷で書生として仕えをしていたウェルテル@彩凪 翔(あやなぎ しょう)は、叔母の遺産処理のために赴いたワールハイムで、ロッテ@大湖 せしるという美しい女性に出会う。ロッテは、5人の妹たちの世話をしており、父親@汝鳥 伶はワールハイムで長年、判事を担っているという。ウェルテルは、上品で慎み深く、詩集をそらんじるロッテに恋をする。
ロッテの屋敷で行われたお祭りで、ウェルテルとロッテは再会する。ロッテと仲良く踊るウェルテルは、村人にロッテの婚約者アルベルト@鳳翔 大と間違えられる。ロッテには親が決めた婚約者がいるのだ。雨が降り、春雷の響く森で、2人はお互いの恋心を確かめ合うが、ロッテの婚約者アルベルトの存在は2人の間に影を落としていた。
ウェルテルは、亡き叔母の作男ロルフ@真那 春人と仲良くなる。ロルフ@真那は、アルベルトの従姉妹の男爵令嬢サビーネと身分違いの恋をしており、ウェルテルの良き理解者となる。そして、ウェルテルは、ワールハイムでの暮らしに満足していることを、ワイマールの宮廷で働く親友ウィルヘルム@帆風 成海(ほかぜ なるみ)に書き送る。
ウェルテルとロッテの仲を、ロッテの乳母ヴェラ@舞咲 りんは懸念するが、2人は聞く耳を持たない。そんなところへ、ロッテの婚約者である男爵家子息アルベルト@鳳翔 大が予定より早く仕事を終え、ワールハイムに帰還する。
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彩凪 翔のウェルテルは、若さゆえの経験不足と焦燥感から、不安定になっていく繊細さを表現していた。ウェルテルはけっこう難しい。18世紀末に、よそ者が、地元の名家の女性(しかも親の決めた婚約者がいる)に恋したわけで、叶えるのは難しいことは、最初からわかりきっている。その無力さをどう演じるか、がポイントになる。彩凪 翔のウェルテルは、繊細だった。その繊細さは、壁にぶち当たると壊れてしまう繊細さで、ロッテの婚約者アルベルトが登場して以後は、無力感が増していく。
ストーリー的には、第1部のウェルテルとロッテの関係よりも、第2部のウェルテルとアルベルトの対立に重きが置かれていて、ウェルテル@彩凪 が失恋して失意のうちに…というより、アルベルト@鳳翔 に社会的に敗北したショックで…のように見えてしまった。これは、ウェルテルが貴族ではないと宮廷で蔑まれたり、アルベルトから「手切れ金」を渡されたり、ロルフ@真那とサビーネ@沙月 愛奈の身分違いの恋愛などの「社会的格差」のエピソードが多いためかと思う。
最後の場面で、ウェルテルからゲーテに切り替わるのだが、その切り替わり方が唐突で、違和感があった。ゲーテが現金すぎるというか…。
大湖 せしるのロッテは、ふわふわの巻き毛と清楚なドレスが良く似合い、すこし寂しげな笑顔の女性だった。一目見ただけで「ああ、素敵な女性だな」と思えるというのは凄い。ウェルテルを見つめる目はすごく優しくて、恋人というより、お姉さんライクだったが、妹が5人もいればそうなってしまうかもしれない。目立つエピソードはないのだが、頭良し顔良し身分良しのアルベルト@鳳翔 大がご執心なのもよく判る。
鳳翔 大のアルベルトは、はまっていた。アルベルト@鳳翔は、大学を首席を卒業し、社交的で人気があるが、男爵家の三男坊のため、ロッテとの結婚は「婿入り」である。彼はロッテを好ましく思っているが、プライドが高く自分の愛情を素直に表現できない。そしてサビーネ@沙月 愛奈を守れなかったロルフ@真那 を糾弾し、ロッテの反発を買うが、ぎりぎりの瀬戸際で、おずおずとロッテに愛の告白する(←ほんとに、超おずおずしていた!!萌えツボ!!)。この場面は、三者三様の思いがこだまし合って、なんとも言えぬ情感を漂わせていた。鳳翔 大はようやく当たり役に恵まれた。ブラボー。フィナーレの男役群舞でも、センターで長い手足を活かして存分に踊っていた。喜ばしい。
真那 春人、帆風 成海がそれぞれの持ち味を活かして好演していた。真那 春人は木訥で優しい狩人役で、彼を失ったことで、ウェルテルの孤独感も深まっていく。帆風成海は、間の取り方が巧く、笑いを取るツボを押さえている。本公演でも、こういう特徴のある役が来れば活躍できそう。
菩提樹の巨木を舞台の真ん中にドンと据えたシンプルな舞台装置が巧く活用され、グラデーションの照明でワールハイムの森の日暮れや雨の情景が描き出される演出が、異国情調を盛り上げていた。舞台装置は、【愛と革命の詩】【南太平洋】と同じ松井るみ氏が担当している。
■主演・・・彩凪 翔、大湖 せしる
バウ・ミュージカル『春雷』
~ゲーテ作「若きウェルテルの悩み」より~
脚本・演出/原田 諒
宝塚バウホール公演
公演期間:8月29日(木)~9月8日(日)
若きウェルテルの悩み (新潮文庫) ゲーテ 高橋 義孝 新潮社 1951-03-02 by G-Tools |