竹信三恵子『家事労働ハラスメント』

国連の専門機関である国際労働機関(International Labour Organization;ILO)は、2013年9月5日に発効した家事労働者条約において、「家事労働とは、家庭においてまたは家庭のために行われる労働」であり、「家事労働者とは、雇用関係の下において家事労働に従事する者」と定義している。さらに条約では、「随時または散発的にのみ家事労働を行う者及び職業としてではなく家事労働を行う者」は「家事労働者」から除外されている。【→ILO駐日事務所メールマガジン・トピック解説 家事労働者に関する国際労働基準とILOの活動 (2013年9月30日付第143号)

つまり家庭内で家事や育児に専従し、対価を得ていない「専業主婦or専業主夫」は、「労働者」として扱われていない。さらには家庭外に職を持つ者が家庭内で家事・育児を行っていても、対価や評価はどこからも得られない(1)。

そのため本書の著者は、「家事労働を貶めて、労働時間などの設計から排除し、家事労働に携わる働き手を忌避し、買いたたく。こうした『家事労働ハラスメント(家事労働への嫌がらせ)』ともいえる行為の数々が、多くの女性の貧困と生きづらさを生み、それが、いま女性以外の人々の貧困と生きづらさをお招き寄せる」とし、「見えない働きの公正な分配」を提起する(「はじめに」ⅸ)。

第1章から第3章は、「女性が働くこと」の現状をリポートし、ジェンダーバイアスや法制度の不備を指摘していく。けっこうこたえる内容で、女が日本で生きていくことへの風当たりの厳しさに苦しくなる。特に女性特有の理由である妊娠・出産を取り上げた第2章は重要な指摘を含む。

グローバル化と産業構造の転換による雇用形態の変化や年功序列の慣習が崩れ、主要な働き手であった男性の雇用不安定化が進んだ。それ以前からサービス業や専門職などの発達に伴い、女性の社会進出は活発になっていたが、近年、働き出す女性の理由は「家計を支えるため」であることが増えてきた、という。

ところが、働く女性が妊娠すると、仕事か出産かを迫られる。出産して仕事を再開しようとすると預けるところがなく、仕事か子育てかを迫られる。専業主婦になって子育てをしようとすると家計が苦しくなる。働こうと保育所へ申し込むと、「保育所は働く女性のためのもの」、「子育ては母親が行うべきもの」、「”お願いです、私たちの子育てをどうか手伝ってください”というのがマナー、エチケット」という多方面からの声が、女性をむち打つ。

第3章では、配偶者控除が取り上げられ、戦時中に軍事費調達のために税負担が重くなり、その軽減のためとして妻を夫の扶養控除に含める措置が導入された(「配偶者控除についての一考察」北村美由姫)ということが紹介される。

1941年の「人口政策確立要綱」では、女性は二十歳過ぎたら働くことをやめ、早く結婚して平均5人は子どもを産むこと、女性の就業を抑制して家にとどめることが明記され、配偶者控除を出産奨励策に利用することも謳われたという。
(第3章 法と政治が「労働を消す」 p.99)

これが「産めよ殖やせよ」政策の始まりである(2)。この政策が「結婚は女性の幸せ」、「血の繋がった子ども」、「家庭を守るのが女性の役割」という有形無形の圧力に繋がっていったと思われる。

片や男性が恵まれていたかというと、どうだろうか。戦時中は徴兵されて兵士として働き、戦後は企業戦士として働いている。第4章に登場する三浦巌さんは言う。「おれだって、家族のため、家族のためとせっつかれて、収容所とかに放り込まれて強制労働させられているような人生だったんだぞ」。著者は「女性の低賃金が男性の長時間労働を誘い、長時間労働が男性の家事参加を阻んで女性の外での就労を妨げ、それがさらに男性の長時間労働を生む」と指摘する(p.126-127)。

第5章はサービス業として調理や介護、そして風俗業界が取り上げられている。著者は「女性が家庭内でタダで行う仕事」という従来の家事への蔑視と偏見を利用して、男性が行うものも含めたケア労働の買い叩きが始まっていると指摘する。事実、女性の就業割合が多い家事サービス職業(例:看護・助産師、介護職、保育士、栄養士)ほど賃金は低い傾向にある(3)。

近年、少子高齢化により労働力不足が懸念され、「女性労働力の活用」が言われているが、「女性」が働き出すと、「誰」が子育てや炊事、洗濯等の家事労働を担うのか。

少子高齢化と家事労働ハラスメントは、繋がっている。そして家事労働ハラスメントと産業構造の変化から来る労働問題は繋がり、貧困の連鎖となっていく。「家事労働の公正な再分配」のために、どこから断ち切れば良いのか。重要なことは、男性が生きづらくなると、女性も生きづらくなる、つまり、今の日本では男女問わず全ての人が、生きづらさに直面している、という認識を共有化することなのだと思う。

 

  1. わが国でも「家事、介護・看護、育児、買物、ボランティア活動等(総称して Unpaid Work(無償労働))は、第三者による代替が可能であり、生産の境界内の活動として定義することができるが、このような活動は市場を介さずに行われるため、国民経済計算体系(SNA)では記録されて」おらず、内閣府は平成9年(1997年)から無償労働の貨幣評価について推計を行っている。【→内閣府 無償労働関係
  2. 人口政策確立要綱(昭和十六、一、二二閣議決定)
    第四人口増加の方策
    一…一夫婦の出生數平均五兒に達することを目標
    (ホ)高等女學校及女子青年學校に於ては母性の國家的使命を認識せしめ保育及保健の知識、技術に關する教育を強化徹底して健全なる母性の育成に努むることを旨とすること
    (へ)女子の被傭者としての就業に就きては二十歳を超ゆる者の就業を可成抑制する方針を採ると…
  3. 労働政策研究・研修機構 労働政策研究・研修機構
    「女性雇用の実態」 (堀春彦 2003年10月31日)
    日中韓ワークショップ 「女性雇用政策の現状と課題」
    男女間賃金格差の経済分析」(2010年(平成22年)8月31日)
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